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Real Fake

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強引ともいえる手口でデートを取り決められたのは、既に数日前の出来事。
約束を交わした日を迎え、駅に先に到着したのはマーゴットの方だった。
予定の時間までにはまだ余裕があったから、待ち合わせ場所でもある駅前のオープンカフェで相手を待つことにした。
注文したコーヒーを手に、人待ちのひと時を読書で潰す。彼女が呼んでいるのは、ごく簡単な錬金術の入門書だった。仮初めのものとはいえ錬金術師の秘書という肩書に相応しい読み物だ。勉強熱心な秘書だと言って何の不思議もあるはずもない。
潜入捜査の舞台から離れているとはいえ、彼女がマーゴット・オレンジ・ペコーを装うための小道具には、片時も手を抜くわけにはいかなかった。
「やあ、待たせたね」
肩を叩かれ、顔を上げると、そこには私服姿のロイがにこやかな笑顔を浮かべていた。
清潔そうな白いシャツの襟元をボタン一つ分だけくつろげ、少し濃いめのジャケットを羽織った姿は、なんだか知らない人のようで、一瞬それがロイであると気がつくことができなかった。彼のプライベートの姿を見たことがないわけではなかったけれど、彼女の知っているものとはどこか雰囲気が違うような気がした。
「いいえ。私も今来たところですから」
「そうか。なら良かった」
傍から見れば爽やかな笑顔だが、本来の彼を知る身としては、どこか胡散臭くも思えなくはない。
そして、他の女性に会う時も彼はいつもこうなのだろうかと疑問を抱く。
そんな彼女の胸中を知ることも無く、彼はマーゴットの隣りに腰を下すと、ラウンジで会った時と同じ、コーヒーを頼んだ。
「また会ってもらえて嬉しいよ」
「今日はこの間とは随分違うのね」
「そりゃあね。休みの日まで軍服だなんておかしいだろう?」
と、ロイは彼女が手にしている本に視線を移した。
「それはどんな本?女性好みの恋愛小説かな。最近は純愛物が流行だと聞いたけれど……」
「残念ね。私が読んでいるのは仕事の本」
「……仕事の?確か錬金術師の秘書、だったかな」
「ええ」
「きっといろいろと大変なんだろうね」
にこやかな笑顔はそのままで、ロイの視線が鋭く不穏なものを孕む。だが、その変化はすぐ隣の彼女だけにしか悟らせない。
彼女も心得たもので、何も気づかないふりをして、そのまま秘書としての演技を続ける。
「そうでもないわ。教授はきちんとした方だから、前のところよりもずっと楽。
ただ、最近は人と物の出入りがやたらと多くて、管理が大変って言えば大変かしら」
「ふうん……。錬金術師というからには、何か新しい実験でも始めるのかな」
「軍との共同研究らしいわ。おかげでやたらと軍人が建物の中をうろついていて……。私はあまり軍人は好きじゃないのだけれど……」
話しながら、ページの間に栞を挟むふりをして小さく折りたたんだメモを手に忍ばせる。できるだけ不自然にならないよう、テーブルの下でそっとそれを彼に手渡し、ポケットにしまわれるのを確認し、本を閉じる。
「なにやら物騒だね」
「かもしれないわ」
とここでマーゴットは軽く肩をすくめてみせた。これで報告は全て終わり、の合図だった。
ちょうど同じタイミングでロイの注文したコーヒーがテーブルに運ばれてくる。
「……もう良いでしょう?」
店員が遠ざかると、報告は終了したからもうここに居る必要はない、とばかりに彼女はコーヒーを飲みほした。ちらりと手首の時計を見ると、次の列車に乗るにはちょうど良い時間だった。
しかし、残念な事にそんな申し出をロイは素直に受け入れようとはしなかった。
「可愛い事を言ってくれるね。デートと言って出てきたんじゃないのかい?そんなに早く戻ったら、逆に怪しまれると思うんだけれど」
何を馬鹿な事をと思ったが、確かに彼の言うことにも一理ある。デートではないが、人に会うと言って外出許可をもらっている。あまりに早すぎる戻りは不審を抱かれる可能性が高い。
「折角だから、きちんと既成事実を作っておかないと。それに、この間のスカートのお詫びもまだだしね」
涼しい顔でそうのたまうロイに何を言っても逆に言い含められそうで、仕方なく彼女はその提案に頷くことにした。
そうして二人連れだって偽装工作という名目でのデートに出たものの、彼女はそれに違和感を覚えてしょうがなかった。
マーゴットとしての彼女からしてみれば、純粋に仕事から離れた状態での自分の立ち位置がよくわからず、どう振る舞えば良いのか判断に困り、ぎこちない振舞いになってしまう。逆に傍から見れば、そんなぎこちない振舞いも、初めてのデートに緊張する初心な女性の姿に映り、偽装工作としては申し分のないものだったのだが。
その一方でロイの振舞いはとても自然だった。到底これがお芝居だとは思えないほどに丁寧に彼女をエスコートするし、ふとした時に気がつく眼差しは優しくて、きっと普段からこんな具合でデートを重ねているのだと思うたび、彼女の仕草は余計にぎこちなくなっていくのだった。
「そろそろランチでもどうかな」
ひとしきり店を覗いてみたところで彼が示した先には、いかにも女性好みのしそうな、洒落たレストランが佇んでいた。実のところあまり気乗りはしなかったのだが、軽く空腹を感じてはいたので、生理的欲求から誘いに頷いた。
店に入ると慣れた様子で注文をする彼を不思議な気持ちで見つめていた。彼とこうしてデートをするのも食事をするのも初めてではないはずなのに、どうして今そう感じるののかかわらなくて、ますます気持ちだけが沈んでいく。
口数は少なく、けれど不自然にはならない程度の受け答え。
運ばれてくる食事はどれも味気なく思えた。
最後に食後のシャーベットが運ばれてきて、これでようやく終わりなのだとほっと息をつく。
だが、そんな彼女の様子に気がつかないロイではない。
「どうだい。ここまでのデートの感想は」
彼の前にはデザート代わりにコーヒーが置かれ、ウェイトレスの姿がなくなると、おもむろにそんなことを聞いてきた。
「感想、と聞かれても……」
なんと応えていいものか困惑気味に首を傾げれば、ロイの方も少し申し訳なさそうに首を傾げてみせた。
「君を街に連れだしたのは、少々強引だったかな」
コーヒーを口に運びながら、彼は彼女の思いもしないことを口にした。
「本当のことを言えば、今回の報告はあまり重要ではなかったんだ」
「え……」
「だって報告だけなら前回、十分なものをもらっているだろう?
それよりも私は、カモフラージュのためとおはいっても、こうやって君とデートできるのが楽しみだったんだよ。だって、いつもは君、人目を気にしてばかりだったろう?」
驚く彼女に向けて微笑む彼は、軍人や仕事上の上司ではなく、あくまで一人の男性の顔をしていて、なんだか居心地の悪さのようなものを感じてしまう。
動揺を隠すように慌てて口にしたシャーベットは、やけに甘く感じられた。
コーヒーにしておけば良かったと思ったけれど、もう遅かった。
支払いをするロイを待つ間、彼女は一人店の外で考えていた。どうしてこんなにもこの『デート』に違和感を覚えるのか、と。
彼女の目の前を恋人同士らしい男女が通り過ぎる。何気なくその幸せそうな姿を目で追いかけ、視界から消えたところでため息をつく。
作品名:Real Fake 作家名:ヒロオ