純情高校生と情報屋さん
今までの人生、別段苦労が無かったわけじゃない。
そりゃあ天から二物も三物も授かった俺は、大体の人間が悩む頭と顔という問題で苦労する事はなかったのだけれどね。ああ、良過ぎて困った、なんて経験はザラにあるけど、それはそれで趣味である人間観察に繋がる事だから別段苦労と思った事はない。俺の苦労は大体、シズちゃん関係だ。シズちゃんがどうやったら俺の前から消えるかとか、シズちゃんをどうやったら社会的に抹殺出来るとか、まぁもっとシンプルに言うならどうやったらシズちゃんが死ぬか、とか。まぁ、そんな所だ。俺の苦労はシズちゃんに捧げられている。
捧げているなら、何かメリットが欲しいよねぇ。
テスト前に勉強という苦労をして高得点を狙う学生のように。どうにもならない顔を化粧で誤魔化す苦労をして男を狙う女のように。
人は結果が得られるからこそ、労力を費やせるのだ。
たとえそれが普段より10点高い点数でも、目当ての男に"可愛いね"と適当に褒められるだけでも。微かな見返りしか得られないとしても、人はその為に苦労する。
「ねぇ、だからさシズちゃん」
俺は大嫌いなシズちゃんに見返りを求めた。
散々苦労しても俺の前から消えないシズちゃんに、死んでくれというささやかな願いを叶えるのに俺が費やした苦労が足りないと言うなら、半分でも構わないから――
「早く死んでよ」
「……ベラベラベラベラ喋りやがってよぉ。ああ?それでようやく終わりか?」
「そうだね。最後にシズちゃんが死んで終わりでいいよ」
「そうか、死ね」
「いやいや、シズちゃんが死んでよ」
手持ちの武器もこれが最後だ。
限界を訴える足を休ませる為に口を動かしていた甲斐があり、もう一度くらいなら酷使しても何とかなりそうだ。壁に寄りかかっていた身体を軽く起こせば、標識を握りしめたシズちゃんが笑った。
「もう限界じゃねぇの。臨也くんよぉ」
「うるさいよ。こっちはシズちゃんみたいな体力馬鹿じゃないんだよ」
ナイフを一閃する。
手応えはあった。が、目前のバーテン服を切り裂いただけでその下の身体には傷一つ付いていない。
「ほんっと…相変わらずメチャクチャだよねぇ。昔は傷くらい付いたのにね。いつからシズちゃんは本格的な化け物になったのさ」
あーあ、詰まらない。とわざとらしく挑発すれば、シズちゃんの顔に太い血管がみるみる浮かぶ。単純な所だけは変わらないんだよね。ホント、救いようがない。
「手前がっ…俺を無駄に怒らせるからだろうが…!!!」
想定内の怒りと攻撃を交わし、派手な動作によって巻きあがった砂埃に紛れて逃走を実行する。酷使した足が痛んだが、今ここでそれを気にするようなヘマはしない。
「待ちやがれっ!」
ズキン、ズキンと痛む足。
後ろから、一切の容赦の無い声がする。
「……シズちゃんさぁ、昔に比べて優しくなくなったよね」
ポツリと、呟く。
俺の名誉の為に言っておくが、別にシズちゃんに優しくして欲しいなんて気持ち悪い事を望んでなどいない。
けれど、昔のシズちゃんはもっと面白かったと思い出したのだ。ナイフで切れたし、騙しやすかったし。それでいて、俺が痛みに顔を顰めればこちらを心配してくるようなお人良しだった。いや、最後のヤツは今だにその傾向が見られるみたいだけど。俺にだけ当てはまらなくなったのは、いつの頃からか。
全力で走って、走って。
もうシズちゃんを撒いただろうと足を止める。
呼吸を整えている間、俺は不覚にも背後に忍び寄る存在に気が付かなかった。
「―――ぐっ…」
頭部に、衝撃。
ああ、頭が悪くなったらどうしてくれるんだよ。揺れる意識の中振り返った先には、角材に釘が打ち込まれた悪意だらけの武器が赤く染まっているのが見えただけだった。
そりゃあ天から二物も三物も授かった俺は、大体の人間が悩む頭と顔という問題で苦労する事はなかったのだけれどね。ああ、良過ぎて困った、なんて経験はザラにあるけど、それはそれで趣味である人間観察に繋がる事だから別段苦労と思った事はない。俺の苦労は大体、シズちゃん関係だ。シズちゃんがどうやったら俺の前から消えるかとか、シズちゃんをどうやったら社会的に抹殺出来るとか、まぁもっとシンプルに言うならどうやったらシズちゃんが死ぬか、とか。まぁ、そんな所だ。俺の苦労はシズちゃんに捧げられている。
捧げているなら、何かメリットが欲しいよねぇ。
テスト前に勉強という苦労をして高得点を狙う学生のように。どうにもならない顔を化粧で誤魔化す苦労をして男を狙う女のように。
人は結果が得られるからこそ、労力を費やせるのだ。
たとえそれが普段より10点高い点数でも、目当ての男に"可愛いね"と適当に褒められるだけでも。微かな見返りしか得られないとしても、人はその為に苦労する。
「ねぇ、だからさシズちゃん」
俺は大嫌いなシズちゃんに見返りを求めた。
散々苦労しても俺の前から消えないシズちゃんに、死んでくれというささやかな願いを叶えるのに俺が費やした苦労が足りないと言うなら、半分でも構わないから――
「早く死んでよ」
「……ベラベラベラベラ喋りやがってよぉ。ああ?それでようやく終わりか?」
「そうだね。最後にシズちゃんが死んで終わりでいいよ」
「そうか、死ね」
「いやいや、シズちゃんが死んでよ」
手持ちの武器もこれが最後だ。
限界を訴える足を休ませる為に口を動かしていた甲斐があり、もう一度くらいなら酷使しても何とかなりそうだ。壁に寄りかかっていた身体を軽く起こせば、標識を握りしめたシズちゃんが笑った。
「もう限界じゃねぇの。臨也くんよぉ」
「うるさいよ。こっちはシズちゃんみたいな体力馬鹿じゃないんだよ」
ナイフを一閃する。
手応えはあった。が、目前のバーテン服を切り裂いただけでその下の身体には傷一つ付いていない。
「ほんっと…相変わらずメチャクチャだよねぇ。昔は傷くらい付いたのにね。いつからシズちゃんは本格的な化け物になったのさ」
あーあ、詰まらない。とわざとらしく挑発すれば、シズちゃんの顔に太い血管がみるみる浮かぶ。単純な所だけは変わらないんだよね。ホント、救いようがない。
「手前がっ…俺を無駄に怒らせるからだろうが…!!!」
想定内の怒りと攻撃を交わし、派手な動作によって巻きあがった砂埃に紛れて逃走を実行する。酷使した足が痛んだが、今ここでそれを気にするようなヘマはしない。
「待ちやがれっ!」
ズキン、ズキンと痛む足。
後ろから、一切の容赦の無い声がする。
「……シズちゃんさぁ、昔に比べて優しくなくなったよね」
ポツリと、呟く。
俺の名誉の為に言っておくが、別にシズちゃんに優しくして欲しいなんて気持ち悪い事を望んでなどいない。
けれど、昔のシズちゃんはもっと面白かったと思い出したのだ。ナイフで切れたし、騙しやすかったし。それでいて、俺が痛みに顔を顰めればこちらを心配してくるようなお人良しだった。いや、最後のヤツは今だにその傾向が見られるみたいだけど。俺にだけ当てはまらなくなったのは、いつの頃からか。
全力で走って、走って。
もうシズちゃんを撒いただろうと足を止める。
呼吸を整えている間、俺は不覚にも背後に忍び寄る存在に気が付かなかった。
「―――ぐっ…」
頭部に、衝撃。
ああ、頭が悪くなったらどうしてくれるんだよ。揺れる意識の中振り返った先には、角材に釘が打ち込まれた悪意だらけの武器が赤く染まっているのが見えただけだった。
作品名:純情高校生と情報屋さん 作家名:サキ