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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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「そういうことになるね。ここまでは二十年くらい前からわかっていること。ここからが俺たちが今研究を進めていることになるんだけど、二枚の紙同士を繋ぐ『通路』は、計算上はたったひとつしかできないはずなんだよ。それがこちらの東都と向こうの『京都』を繋ぐゲートってわけ」
「じゃあ、時間が逆向きなのは?一方通行で『京都』からこっちに来れないのは?」
「それはたまたま、二枚の紙が繋がったときに、時間の流れが互いに逆になるような繋がり方をしているってだけ。一方通行なのは、俺たちの方程式だと、宇宙のパラメータが大きい方から小さい方への一方通行の通路しか存在できないことがわかってる」
 なに?パラメータ?
「パラメータってのは、つまり宇宙全体の質量とかエネルギー量とか、膨張速度のこと。もちろん正確には計算できないから、適当に推測するんだけど」
 私が聞かないうちに補足が入る。
「パラメータが小さい方の宇宙からは、通路が認識できないってこと」
・・・よくわからないぞ。
「じゃあ、例えば『京都』でさ、私と向こうの人が並んで歩いて境界線を通るとどうなるの?」
「むこうの世界の住人には認識できないんだから、母さんはゲートを通過してこちらの世界に戻ってくるけど、向こうの人は単に向こうの世界を歩いているだけってことになるだろうね。つまり並んで歩いていると、お互いに相手がぱっと消えたように見えるはずだ。実際に試してみないと何とも言えないけどね」
 ゲートの近くであちらの人に、「今から私とこのあたりを散歩しませんか?」って誘うわけ?男性が女性にそれを言ったら、ナンパ以外の何物でもないな。
 
「じゃあ、最近接続が不安定なのは?」
「だって二枚の紙はふわふわ漂っているんだぜ?しかもそれぞれ別の動きで、だよ。いつまでも安定して繋がってる方があり得ないことなんだよ」
「じゃあ、もうすぐ『京都』には行けなくなっちゃうの?」
 高寿がいない世界に未練はないが、でもあの世界とまるきり縁がなくなってしまうかも、という考えは、私を少し動揺させた。
「そういうことだね。ただ、それは今年なのか五年後なのか、五百万年後なのか、それはわからない。この紙の中にいる俺たちには、この紙がどんな動きをしているかを知る手段がないから」
 なんだ。結局知りたいことはわからないんだ。役に立たない学問だ。
「今、役に立たないやつだ、って思ったろ」
 高志がむっとした顔をする。
 
 高速道路を出たところで渋滞していた。高志がうんざりしたように毒づく。
「どれだけ科学が発達しても、渋滞が起きないようにすることはできないもんなんだなー」

 高志がふと思い出したように続ける。
「少しは役に立つ、かどうかはわからないけど、今の話に付け加えれば」
 私は高志の横顔に顔を向ける。
「これまで定期的に安定して繋がっていた二つの宇宙が離れていくときには、いろいろな予兆があるかもしれない」
「どんな?」
「普通は『京都』側の接続場所、つまりゲートがある場所ってずっと同じだろ?」
「うん。宝ヶ池の裏手だよね」
「それが乱れる」
「別の場所になるの?」
「場所だけじゃなく、もしかすると時代も。ほとんど量子的揺らぎ程度の乱れだけど」
 ・・・ん?
 一瞬、何かが私の頭に引っかかったが、高志はそれに気づかない。
「ああ、その前に『調整』が乱れることがあるかも」
 さっきの高志の言葉にまだ引っかかっていた私は、上の空で、どんなふうに?と聞き返した。
「普通、『調整』って一瞬で終わるだろ?」
「うん。瞬間移動したみたいにしゅぱって部屋に戻っちゃうよ」
「それが少し変わる。どうなるかはもうひとつわからないんだけど、部屋に戻れないとか、瞬時に調整されずに少し時間がかかるとか。そんなとこ」
 ・・・んん?
「それ、私、経験したことあるかも」
 高志が驚いた顔で私の方に振り向く。
「二十歳の時に高寿に会いに行った時ね、その日は私にとっては最初の日だったんだけど高寿には最後の日だったから、『調整』が起きるまでずっと一緒にいたの。その時の『調整』が少しおかしかった。じわーっと何秒かかけて部屋に移動した感じだったな」
「えっ?そうなの?初耳なんだけど」
「その時はあれっ?って思ったけど、その後はそんなことは起きなかったから、今まで忘れてた」
「どんな感じだった?」
 聞かれて記憶を辿る。あの調整の場面を思い出すということは、必然的に私との別れを迎えた高寿の顔や言葉や、私を抱きしめた腕や唇の感触の記憶を一緒に呼び起こすということで、思わず胸が熱くなる。
「うーん、言葉では説明しにくいんだけど」
 高寿の記憶に浸ってしまうと感情の制御ができなくなりそうなので、ありったけの理性を動員してあの時の「調整」の記憶に集中しようとした。でも、今の声は少し上ずっていたかもしれない。
「宝ヶ池にいる私と部屋にいる私が重なりあって同時に存在しているような感じだったかな。私の眼には高寿の顔と部屋の光景が同時に見えていた。でもその重ね合わせはすごく不安定だった。高寿の顔がはっきり見えたり霞んだりして、気がついたら私は部屋の中にいた、って感じだったかな」
 高志は私の声の上ずりに気づかないような様子で聞いている。気づかないふりをしてくれているのかもしれないけれど、案外自分の考えに集中していて本当に気付いていないのかも。
「今までに聞いた『異常調整』経験者の話とほとんど同じだ」
 頷いて首を振る。
「ふーん、そうか。それにしてもこの調査、十年前から俺たちの研究室でやっているんだけど、今までは十五年前が最初の『異常調整』の事例だったんだ。それを十五年も更新する事実を、今さらよりによって母親から聞くとはなー」

「そういえば、『調整』ってどういうことなの?」
 渋滞で暇なので、もう少しこの話題を続けることにする。
「そこは言葉ではすごく説明しにくいところなんだけど、要するに俺たちはこの世界とゴムひもで繋がっている、というイメージをしてみてよ」
「だから母さんが『京都』に行ってむこうの時間の流れに入ると、ゴムひもがどんどん伸びて、伸びきると引っ張られて俺たちの世界の時間に取り戻されてしまうようなことになるわけ」
「じゃあ、ゴムひもが切れたらどうなるの?」
「その時はもう向こうの世界の住人になっちゃうんだと思う。こちらの世界との縁は切れるはずだ」
「ふーん。じゃあ、例えば四十日を過ぎても『京都』に居座っていれば、『京都』の住人になれちゃう、ってことなのかな」
「それは無理だと思う。接続が切れる前に『調整』が起きて、こっちに帰ってきてしまうはずだ」
「うーん、そうなのかあ」
「でも、例えば本当に二つの宇宙が離れていってしまうときに向こうの世界にいたら、あっちに取り残されてしまうようなことがないとは言えないし、その時にはゴムひもは切れてしまって向こうの住人になっちゃう、ってことになるだろうね」

 車はようやく渋滞を抜けて、高志も忙しくグリップを操作しだした。
「ねえ高志」
 私は前を向いたまま話しかける。
「父さんがどんな人だったか、もっと知りたい?」
 高志が顔をしかめた。車を自動操縦にし、グリップを離して私の顔を正面から覗き込む。