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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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 十年前、私は十九歳の高志を連れて一九九〇年の『京都』を訪れた。この時代、高寿はまだ一歳になっていない赤ん坊の時代だ。会える作戦も確信もなかったが、一目見ることができるなら赤ん坊の高寿に会っておきたかった。これで本当にもう会えなくなるし、今後この世界に来ることがあっても、それはもはや高寿が存在しない世界になってしまうから。
 高志は大学に入ったばかりで、河原町で大きな本屋に入り、夢中で物理学の専門書を読みあさっていたが、私は彼をせかして京阪電車に乗り、枚方までやってきた。
 バスを降りて南山サイクルへの道を歩き出しても、高志はまだ専門書あさりを無理に中断されて機嫌が悪かったので、途中のタコ焼き屋さんでタコ焼きを食べることにした。というのは言い分けで、ここにタコ焼き屋さんが“まだ”あれば絶対食べていこう、と決めていたのだが。

 タコ焼きを食べながら、高志がようやく機嫌を治して話しかけてきた。
「ねえ母さん、父さんに会う作戦てあるの?」
 う。痛いところを突かれた。
「うーん、何にもない」
「え〜?何も考えてないのに俺を本屋から無理やり連れ出したの?」
 また機嫌が悪くなりそうだ。
「あんたにとっちゃ、父さんに会える最初で最後のチャンスなんだよ」
「そりゃそうだけどさー。無計画だよ、母さんは」
「これ以上ないくらい綿密な計画を立てて行動したこともあったんだけどね」

 タコ焼きを食べ終わって再び歩き出し、スーパーの裏の出入り口にぎっしり停められている自転車の列をかき分けるように狭い道を抜けると、南山サイクルの前まできてしまった。店の中にはグレーの作業着を着た中年の男が自転車のホイールを外す作業をしている。高寿のお祖父さんだろうか。
 店の中をそれとなく見てみたが、赤ん坊や若い夫婦の姿は見えない。気になって仕方ないのだが、そのまま通り過ぎるしかなかった。
「ここ?」
 高志が小声で聞いてきたのに頷く。
「どうすんの」
「どうすんのって、このまま歩くしかないでしょ」
 ・・・通り過ぎてしまった。
 仕方なく、次の角を曲がって立ち止まり、引き返してみる。高志がうんざりした空気を全身から私に向かって放射しながらついてくる。
 ・・・同じだった。違うことといえば、自転車が組み上がっていたことくらい。
 私はバス停のベンチに座っていた。隣から漂ってくる「もう帰ろう」と言いたげな空気はとりあえず無視だ。
 さて、どうしよう。これ以上南山サイクルの前をウロウロすると不審に思われかねない。いっそのこと訪ねてみようかと思っても、何も口実が思いつかない。かといって帰ってしまう気にもなれない。
 梅雨明けが近いのだろうか、日差しが強く、座っていても汗ばんでくる。そのうち高志がぷいっといなくなったと思ったら、缶ジュースを二本持って帰ってきた。無言で差し出されるジュースを受け取る。
「俺も父さんには会いたいと思うけどさあ」
 隣に座った高志が久しぶりに口を開くが、また黙ってジュースを飲み出した。
 バスが何台か停まったが、乗る気配がない私たちを置いて発車していった。

 一時間くらいベンチに座っていただろうか。日が傾いてきて少しだけ爽やかになってきたかな、と思ったとき、高志が私を肘でこづいた。
「母さん、あれ、もしかして」
 その声に顔を上げると、歩道を若い男女がベビーカーを押してくるのが見えた。白いポロシャツを着てジーンズを履いた父親らしい男性がベビーカーを押している。その隣を白いワンピースを着た若い女性が、日傘を父親とベビーカーの上にかざして歩いてくる。絵に描いたような「幸せな家族」のオーラを纏っていた。
 その男女は、一度しか会ったことはないけど、私にはわかった。高寿の両親だ。
「あれ?」
 そう囁く高志に頷いて、私は自分でも意識しないまま、立ち上がって彼らに近づいていった。
「こんにちは」
 と微笑みながら挨拶すると、高寿のお母さんもにっこり笑って挨拶を返してくれた。
「可愛い赤ちゃんですね〜」
 としゃがみこんでベビーカーの中でご機嫌な赤ん坊の顔を覗き込む。私の肩越しに高志が赤ん坊を覗き込む気配がした。
「何ヶ月くらいなんですか?」
 と聞くと、お母さんがにこやかに教えてくれた。
「今から六ヶ月検診に行くところなんですよ」
 六ヶ月の高寿の顔を改めて見つめる。
「ううむ。きみは将来、良い男になって女の子を泣かせるぞぉ」
 なんて高寿に話しかける。ほんとだよ、高寿。
 立ち去っていく家族の後ろ姿を見ながら、私は心の中で高寿の両親に話しかけた。
「高寿をよろしくねって言っていただいたのに、ごめんなさい」
 そのとたん、堰を切ったように私の目から涙が溢れた。涙が溢れた後から感情がついてきた。
 ベンチに座って泣き続ける私の隣で他人の顔を決め込んで座っていた高志が、顔を私とは反対の方向に向けたまま小声で、
「恥ずかしいからそんなに泣くなよ」
 と呟くように言ったが、私はその声でさらに感情のタガが外れ、しまいには高志の肩にすがって声を上げて泣いた。

「あの時は恥ずかしかったよ。母さん、俺の肩にしがみついてヒーヒー声を出して泣くんだもん」
 あれから高志はしょっちゅう、こう言って私を責める。

 車が家の敷地に入り、ガレージの前で停まった。
高志が車を降りて助手席側に回り、私のドアを開けた。ドアの音で私は回想の世界から現実に戻ってきた。
 車を降りると家のドアが開き、もうすぐ五歳になる高志の娘、つまり私の孫が勢いよく飛び出してきた。