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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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 店員が立ち去っても高寿はまだ沈黙したままだった。翔平の「女神」という言葉を聞いた時に、高寿の中で何かのスイッチが入ったのだが、それが何なのか自分でもわからない。
 自分の中に不穏な感情が湧き上がっていて言葉を発すればそれが爆発してしまいそうだ。
 店員が生ビールのジョッキを持ってきた。高寿はそれを無言で一気に飲み干した。
「翔平。お前は今、『女神』と言ったな」
 高寿の険しいムードを感じて緊張していた翔平は、既に頬杖をやめてきちんと座り直している。酔いも少し醒めてきているような真剣な表情だ。
「本当に女神に逢った人間は、お前のような拗ねた目はしない」
 翔平の顔が強張った。
「どういう意味ですか」
「お前のような世の中を憎んで、いつも想像で人を刺しているようなやつに、女神が来てくれるもんか。そんなやつの心の中にいたら、女神だって怨霊になってしまうじゃないか」
「・・でも、女神のことと僕が世の中を恨んでるってのは別の」
「別じゃない!」
 感情を抑えるために努力して声を低く抑えているのだが、それがよけい威圧感を与えていることに高寿は気づかない。
「お前は女神と出逢ったときの記憶を絵にして俺の会社に入った。そして世界中で大人気になったキャラクターを産み出した。それは、お前がその女神から、この社会で生きていくための武器をもらった、ってことだろう?」
「そんな女神に出逢える人間なんてそうはいないぞ。そんな幸運に恵まれたやつがどうしてそんな暗い顔をして他人を恨んでいる?」
「それと言っておくがな、お前は幽霊だか女神だか知らんが、他人にもらった力だけでここまで来たわけではないぞ。もらった素材を生きたキャラクターにデザインしたのはお前のセンスと技術があったからだ。こんなに恵まれているのに、お前はまだ不満たらたらなのか!」
「顔の傷のせいにするな!他人はお前の傷を見てお前を避けているんじゃない!お前のその、心にナイフを隠し持っていそうな拗ねた顔を見て避けているんだ!」
「不幸に甘えるな!」

 長い沈黙の時間だった。
 徐々に冷静さを取り戻すに伴って、高寿の後悔が大きくなっていた。感情に任せて激しい言葉を投げつけてしまった。決して間違ったことを言ったつもりはないが、もうちょっと柔らかい言い方はできなかったものか。
「・・・翔平、すまん。言い過ぎた」
 高寿の声に、姿勢を正したままで凍り付いていた翔平がビクッと身じろぎした。
「いえ」
 翔平が首を振る。そして言葉を探すように視線を泳がせていた。
「でも社長、どうしちゃったんですか?」
 そうだ。高寿がこんなに声を荒げるなんて珍しいことだ。特に高寿自身が記憶している限り、今のアニメ制作会社を設立してから、自分の会社の社員に我を忘れて怒鳴るなどと言うことは決してなかったことだ。
「すまん。感情を抑えられなかった」
 すると翔平は、視線を落としてじっと何かを考えているようだったが、やがて顔を上げ、高寿を直視して言った。
「もしかしてエミは実在の人物だったりするんですか?」
 ああ、こいつは侮れない。鋭いやつだ。高寿は視線を逸らしたまま頷いた。
「するとケンジは社長で」
 主人公でエミと恋人になるキャラクターの名を挙げた。主人公の名前はさすがに自分とは大きく変えていた。
「あの物語の細かなエピソードは」
「そう。ほぼ実話だ」
 本当は細かなエピソードどころじゃなく、物語のほぼ全体が、だけど。誰にも言ってなかったのに。
「そうでしたか・・・」
「そういうことだ。つまり、俺が自分を見失ったのは、その、なんだ。一言で言うと、お前に対する嫉妬だ」
 高寿は翔平に頭を下げた。
「すまん」
 翔平は慌てて首を横に振る。
「いえ。社長の仰ることはそのとおりだと思いました」
 今度はこれまでとは違い、少し穏やかな沈黙。
「社長。もうひとつ聞いて良いですか?」
 翔平が尋ねた。
「うん。なんだ?」
「エミが社長にとってそれほど大切な人なのだったら、どうして僕にデザインを任せてくれたんですか?」
 それを僕の口から言わせるのか。高寿は心の中でため息をついた。
「それは、お前が描くエミの方が、俺が描くエミより、愛美らしいからだ。言っておくけどな、さっき俺が言った『嫉妬』には、そのことも含まれているんだからな」
 それを聞いた翔平の顔から、少しずつ険が消えていき、やがて僅かだが微笑を浮かべた。こういう顔をすると火傷跡を差し引いても好青年に見える、と高寿は思った。
「なんだ、そのドヤ顔は」
「えっ?ドヤ顔って何ですか?」
「今のお前みたいに、『どうや!』っていう自慢気な顔のことだよ」
「社長、それ、いつの時代の言葉ですか?」
「俺が翔平の歳くらいの時に使っていた言葉だ」
「それ、死語もいいとこでしょ」
 翔平は初めて「爽やか」と表現しても良い笑顔になった。そして高寿の目を真っ直ぐ見て言った。
「社長、僕はもう想像の中でもナイフは必要ないです」

 渋谷に向かう電車に揺られながら、高寿は翔平から聞いた話を思い返していた。
 翔平の前に現れた「幽霊」は、何だったのだろう。翔平の中でエミと幽霊は同一人物だという。高寿の中ではエミと愛美は同一人物と言って良い。ということは、幽霊と愛美が同一人物、ということになってしまう。現に高寿は翔平の話を聞きながらそんな想いに囚われていた。だからこそ、翔平がその幽霊を「女神」と言うのを聞いて取り乱した。
 本当に愛美が幽霊になったのだろうか?とすれば愛美は亡くなった?
 いや待て待て。翔平が幽霊を見た八年前は、向こうの世界では愛美が生まれる二年前になる。まだ産まれてもいない人間が幽霊にはなれないだろう。
 第一、もしその幽霊が愛美なのであれば、なぜ僕を差し置いて何の接点もないはずの翔平の前に現れる?
 愛美に会いたい。高寿はそう思った。例え幽霊でも、その幽霊が愛美ではなかったとしても、翔平が羨ましいと思った。
 自分の思いに没入していたせいで、高寿は危うく渋谷を乗り過ごすところだった。
 閉まりかけるドアをすり抜けるように電車を降り、改札を抜けると、少女が立っていた。少女は高寿の姿を認めると腕組みをして口を尖らせた。
「パパ、遅―い。二十分も遅刻だよ」