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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23

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第82章 堕騎士、センチネルへ


 血飛沫と共に、女が地面を転がった。
「ぐ……、あっ、う……!」
 満身創痍の女には、もう立ち上がる力は残されておらず、手を宙で震わせた後、力尽きその手も脱力する。
 がしゃがしゃと甲冑を鳴らし、女にとどめを刺すべく歩み寄る者がいた。
 紫に金のまだら模様に、緋色のマント付きの鎧に身を包み、右手には剣を持っている。
「ふん……、大地母神と呼ばれようとこの程度か、ガイアよ……?」
 非常に低い声がした。声は甲冑の者からしたものであるが、その者は声を出すのに必要不可欠なものを持ち合わせてはいない。
 口がない。それ以前に、肩から上、どのような存在であろうとあるべきはずの首がないのである。
「……んくっ、でゅ、デュラハン……!」
 大地の女神ガイアは、全身を震わせながら、自らを死に追いやろうとしている異形の存在の名を呼んだ。
「まだ息があるか……。だが、最早虫の息よ、我が手を下すまでもない……」
 古の天界に侵攻し、太陽神ソルの力を狙い、全てを魔に包み込もうとした大悪魔、デュラハンが天界へと再び来襲していた。
 デュラハンはソルの力を諦めず、ソルが転生し、力が分かたれるこの時を狙っていた。
 しかし、ソルの力は分かたれたと言っても、その大部分は虹の女神イリスに集中していた。故にデュラハンの狙いは、イリスただ一つである。
 デュラハンとその配下は、天界に現れ、ソルに導かれし神々を滅ぼすことから始めた。
 火の神プロメティウス、水の神オケアノス、この二柱の神は今、デュラハンの部下が滅ぼさんとしている。風の神々アネモイは、そもそも彼らの眼中になく、狙われることはなかった。
 そして、デュラハンの目の前にて死にかける地の神ガイアは、デュラハン自身の手によって滅びの一途をたどっていた。
 ウェイアードの大地を築き上げたのは彼女の力によるもので、大地母神の異名を持つガイアは、ソルの力を受け継いだ神の中でも強い力を持っていた。
 そのような偉大な女神でさえ、デュラハンの前ではあまりにも無力であった。
「大地母神ガイア、聞くところによれば、あのイリスに次ぐほどの力であるとの事であったが……。どうやらそれでもイリスには遠く及ばんな。ソルに比べれば天地の差……、ふん、天地の差の地、か。まさに貴様に相応しい位ではないか。フハハハ……!」
 デュラハンは自らの掛け詞に笑う。
 ふとデュラハンの側に水泡が出現した。
 空間に突然発生した水泡は、徐々に人型を成していく。群青色のローブを身に着け、つばの大きな三角帽子を被り、カールのかかったプラチナ色の髪を垂らしているのが明らかとなっていく。
「デュラハン様」
 水泡から出現したのは、珠のような美貌を誇る魔女であった。
「シレーネか」
 デュラハンは魔女の名を呼び、首がないために全身を彼女に向けた。
「仰せの通り、ソルに導かれし火の神、プロメティウスを討ってまいりました」
 シレーネという魔女は膝まずき、任務の成功の報告をする。
「ふっ、そうか、ご苦労だったな」
 シレーネは顔を上げる。ガイアが地に伏しているのが目に入った。すぐにシレーネは戦いの結末が分かった。
「ガイアを討ち滅ぼしたのですね。お見事にございます……」
「ふん、我がかような雑魚に遅れを取ると思うてか?」
「いえ、我が君ならば当然の結果でございます。申し訳ありません、ご気分を害しましたか?」
「我が力を侮るような口は利かぬ事だ。その身に直に食らいたくなくばな……。それよりも奴はどうしている? ソルのおこぼれに預かっただけの雑魚に、これほど時間がかかるとは……」
「私が確認いたしましょう……」
 シレーネは魔術を使い、遥か遠くの風景を見通す。
 ここより北の地にて、デュラハンが奴と呼ぶ者の様子が、シレーネの目に映し出される。
 様々な獣を合わせたような姿をした野獣召喚師、バルログは未だ、水神オケアノスと交戦していた。
 シレーネの見る限り、戦況は互角といった所であり、両者とも一歩も譲らない。戦いの行方はまだまだ見えない。
 シレーネは魔術を解き、デュラハンに報告した。
「力だけが取り柄の獣が、一体何を手こずっているというのだ。全く使えぬ奴め……」
 デュラハンが憤りをあらわにしていると、不意に何かが地を這うような音がした。
「ぐうっ! ……伝え、なくては……、イリ、ス、に……!」
 息絶えたと思われたガイアはまだ生きており、戦いの果てに傷だらけとなった体を引きずって、この場を離れようとしていた。
「ほう……」
 デュラハンは面白そうな笑みを携えた声で呟き、がしゃがしゃと音を立ててガイアへと歩んでいった。
「あぐっ……!」
 ガイアはあっけなく近付かれ、腕を踏みつけられた。
「ふふふ……、まさかまだ息があったとはな。伊達にソルの導きは受けていない、ということか」
「……くっ! イリス、あの子、だけは……!」
 ガイアは腕を踏まれながらも、一心不乱に前に進もうとしていた。
「ははは……! これは、仲間への忠誠心というよりも、我が子を守らんとする母性だな、ガイアよ! さすがは母神と言ったところか!」
 デュラハンは執拗にガイアの腕を踏みにじった。ガイアは激痛に悲鳴を上げる。
「ガイアよ、その深き慈愛、このデュラハンがイリスに伝えおいてやろう。貴様と同じくズタズタに引き裂いてからなぁ!」
 デュラハンはガイアの背中に剣を突き立てた。
「ぐうっ!? イリ、ス……、ごめん……なさ……、ごほっ!」
 ガイアは言い切れないまま、口から大量の血を吐き出し、今度こそ事切れた。
「ククク……、フハハハ……!」
 デュラハンは胸を反らし、天を仰ぐように声高く笑った。
 地の女神ガイア、火の神プロメティウスは消えた。残るソルに導かれし神は、イリスとアネモイの神々を除く水の神オケアノスだけである。
 そのオケアノスも間もなく滅びを迎えようとしている。野獣、と部下を卑下するデュラハンであるが、バルログの力ならば刺し違えることはあれど、負けるはずはないと思っていた。
「我の天下は最早目前よ、フハハハ……!」
 デュラハンはもう、自らの目論みは完全に成ったつもりでいた。
「シレーネは、どこまでも付いて参ります。デュラハン様の影のごとく、どこまでも……」
 シレーネの密かな想いは、デュラハンの笑い声にかき消されるのだった。
    ※※※
 アネモイの神々が一柱、ノトスからの急報の後、宮殿と町は、すぐに魔物を迎撃するための軍備がなされた。
 一夜にして魔物討伐の本拠地となった宮殿の一室、聖騎士団ガーディアン・ナイツ副団長、ヒースの部屋。
 悪魔の手先による凶刃から一命をとりとめたマリアンヌが、朝方に目を覚ました。
 目覚めた瞬間、戦地となった町に、一瞬戸惑いを見せるものの、ヒースが事情を話すとマリアンヌはすぐに理解した。
「戦が始まるのね……」
 悪魔の手先によって、実際に手を下されたマリアンヌは、争いが起きることを予想していたが、その心中は穏やかではなかった。
 騎士団副長の身であるヒースはもちろん、多くの者が戦いに身を投じなければいけない状況は、とても少女の身には受けきれるものではなかったのだ。