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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23

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「マリアンヌ、昨日はすまなかった。俺がもっと早くに行っていれば、お前を危険な目に遭わせることもなかっただろう……」
 ヒースの詫びに、マリアンヌは首を横に振る。
「私の事なら構わないわ。それよりもヒース、やっぱりあなたも戦うのよね?」
 ヒースは視線をマリアンヌから反らし、苦しい表情を浮かべて頷く。
「そうよね……、ヒースは騎士様だもの。みんなのために戦う、分かってはいるけど……」
「マリアンヌ……」
 ヒースの立場を考えれば、戦地の前線に赴いて剣を振るうのは当然の事であった。しかしそれはまた、ヒースが危険にさらされる事を意味していた。
 マリアンヌには、それが堪らなく辛い事だった。
 大切な人が死と隣り合わせとなるのだ。このような事を考えているであろうマリアンヌを見て、ヒースもまた辛かった。どんなに自分は大丈夫と言い張っても、マリアンヌには気休めにしか聞こえないことだろう。
「……マリアンヌ」
 ヒースは呼びかける。
「俺達の間に、一つ約束をしないか?」
 マリアンヌは、思いもよらぬ言葉に目を丸くした。
「約、束?」
「そうだ、俺は必ず君を守ってみせる。そして君は、必ず無事でいてくれ」
「ヒース……?」
 何故唐突にこのような約束を交わそうというのか、マリアンヌには分からなかった。ヒースが天界の民を守るのならば、マリアンヌの安全も守られるようなものではないか。
「これから始まる戦いは、誰一人として必ず無事でいられるとは限らん。俺でも魔物に遅れを取るような事があるやもしれん。だが、俺は絶対に死なない。だから、マリアンヌも無事でいてくれ。必ず生き延びて、その時は……」
 マリアンヌは首をかしげる。
「その時は?」
「その時は、また、平和になったあの湖畔を一緒に、日が暮れるまで眺めよう。必ずな」
「ヒース……、分かったわ、約束よ。だから、無事でいてね。それまでは……」
 マリアンヌはふと、自らの胸元に手を触れた。するとそこには、あるはずのものが無いことに気が付いた。
「どうした、マリアンヌ?」
 マリアンヌの僅かな驚きを見逃さず、ヒースは訊ねた。
「いえ、何でもないわ。ごめんなさい」
「そう、か? ならいいが……。マリアンヌここは間もなく軍事従事者以外立ち入り禁止となる。俺ももういかなくては。君も早く町に避難するんだ」
「分かったわ。ヒース、どうか無事で」
 ヒースは何故か、マリアンヌの微笑みに違和感を拭い去れなかった。この微笑みがどこか遠くに行ってしまう、そのような感じがしたのである。
 たかだか少しの間会えなくなるだけではないか、とヒースは自らに言い聞かせた。
 しかし、ヒースはこの時、マリアンヌの違和感にはっきりと気が付くべきだった。
    ※※※
 町は間もなく、デュラハンの率いる魔物の軍勢に包囲された。
 町の周辺には火を放たれ、町外れの最前線では、すでに先鋒の部隊が魔物との交戦に当たっていた。
「この町はもう終わりだ!」
「助けてぇ!」
 戦火に包まれ、天者達は恐怖に浮き足立っていた。
「落ち着くんだ、みんな! 我らがイリス様も戦いに出ておられる。町にいる限りは安全だ! 我ら騎士団の指示にしたがって避難するんだ!」
 ヒースは打ち合わせの通り、町に住む天者達の保護に当たっていた。
 聖騎士団の存在を知らない者はおらず、彼らの援護に阿鼻叫喚する天者達の様子は少し落ち着くものの、恐怖の色はやはり隠しきれない。
 ヒース自身も、ここまで敵の侵攻が早いとは思っていなかった。ユピター達先鋒部隊が交戦しているが、準備が完全ではなかった。
 速やかに民を避難させ、その後ヒース達も援護に向かう必要があった。
「ヒース副長!」
 騎士の一人が、天者を誘導するヒースへと駆け付けてきた。
「カイン、どうしてここに?」
 カインという名の騎士が、大慌てでヒースのもとへやって来た。よほど急いでいたのか、カインはひどく息を切らしている。
「お前は東の守りを任されていたであろう? 早く戻れ」
「それ、どころじゃ、ないんですよ……! はあ……、大変、なんです……!」
「一体何があった、まさか敵が町に!?」
 カインはようやく息を整え、急報を告げる。
「少女が一人、我々の目を盗んで外へ出てしまいました!」
「なんだと、誰か追いかけてはいないのか!?」
「ケビンが向かいました。しかしあの少女、以前ヒース副長の所へ押しかけてきた少女に違いありません!」
「バカな!?」
 カインの話を更に聞くと、少女は深緑色の髪を束ね、真っ白なワンピース姿だったという。十中八九マリアンヌに違いなかった。
 ヒースは何も言わずに駆け出していた。
「ヒース副長!?」
 カインの制止など届くはずもなかった。
    ※※※
 戦火に包まれる湖への林道を、純白のワンピース姿の少女が走っていた。
 降りかかる火の粉をものともせず、息を乱しながら、マリアンヌは湖畔を一心不乱に目指していた。
 やがてマリアンヌは、湖の畔に位置する家にたどり着いた。たどり着くと、マリアンヌは急ぎ家の中へ入り、ベッドの横にある小物入れの引き出しを開けた。
 三段の引き出しの内、一番上に探し物はあるはずだった。
「ない……!?」
 マリアンヌは真ん中の引き出しを開ける。しかし目的の物は見付からない。
 一番下を開けてみる。やはり見付からない。
「うそ……!?」
 大切な人から貰った大切な物をなくしてしまったのか。そんな予感がマリアンヌの頭を過った。その時だった。
「よォ……」
 マリアンヌは驚き振り向くと、入り口にモジャモジャ頭の男が立っていた。
「誰っ!?」
 不気味な笑みを浮かべつつ、男は左手に持つ物を見せつける。
「お探しの品ァこれかい?」
 三日月を背後に、駆け抜ける姿をした女神をあしらった、銀のペンダントである。
「っ! 返し……!」
「返して欲しいってかァ? ほらよ!」
 男はペンダントを放った。するとマリアンヌは反射的にペンダントを取ろうとする。
「ふひっ!」
 マリアンヌの注意が反れた瞬間、男は不気味な笑い声を上げた。
 そしてサーベルの刃がぎらりと光るのだった。
    ※※※
 銀髪の騎士は、炎に包まれる林道を駆けていた。
 湖へと続く林道は、すでに魔物の手に落ちており、たくさんの魔物がヒースの行く手を阻んだ。
「どけ、雑魚ども!」
 ヒースは剣を片手に、行く手を遮る魔物を一刀のもとに斬り伏せ、血路を拓いていった。
 魔物の数は底知れず、斬っても倒しても次々と涌いてくる。
「くそっ! 次から次に……!」
 一匹一匹は弱いものの、ここまで群れられてはきりがなかった。
 ヒースは、自らの跡に魔物の死体を次々に残しながら進んでいると、前方に倒れている者を発見した。
 それは、町を抜け出したという少女を追ったと思われる、ヒースと似たような騎士服に身を包んだ者である。
「ケビン!?」
 ヒースは急ぎ駆け寄った。しかし、ケビンという騎士は、ここまで来る途中に多くの魔物に襲われたのか、身体中から大量に出血し、息絶えていた。
「くっ、間に合わなかったか……」
 ヒースは仲間の亡骸を見て、救えなかったことを悔やむ。しかし、今はこれ以上止まっている場合ではない。