敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
流鏑馬
「山本! 上に上がれないのか!」
古代は叫んだ。乱戦の中に飛び込んで、山本めがけて向かっていく敵を見定め、撃つ。けれども、その一機を追って仕留めることはできない。
そんなことをしようとすれば、別の敵に後ろに着かれて自分が狙い撃たれるし、また別の敵が山本めがけて突っ込んでいくのを許してしまうことになるのだ。
〈タイガー〉乗り達もみな同じらしく、全機が墜とされもしない代わりに敵を墜としもできない状態になっていた。
乱戦にして混戦だ。その中心に山本の機体。通信の声が、
『無理です! 頭を押さえられて――』
見えた。山本の〈ゼロ〉の後ろにピタリと着けた敵の一機がビームを撃ちまくり、それが弾幕となって頭上を覆うため、山本は機を上昇させるにさせられないでいるのがわかる。狙いを避けて低空を転がるように逃げるに精一杯なのだ。
その山本を左右から、別の〈ゴンズイ〉が襲おうとする。しかし何より、
「あれだ!」と古代は叫んだ。「あの山本の後ろに着けているやつだ! あれを墜とせば――」
『わかってるよ!』と加藤の声。『でも――』
そうだ。近づけない。撃とうとしてもその首を討ち取る道にまた弾幕が張られていて近づけない。敵は必死だ。山本を行かせてならぬと知っているから必死なのだ。
明らかに敵は全員が手練れだった。そしてその全員が、たとえ体当たりしてでも山本を墜とそうという勢いで突っ込んでいく。そうだ。上昇性能で、あの〈ゴンズイ〉は〈ゼロ〉に到底及ばぬのを知っているなら当然のことだ。
山本が上に昇っていったなら、こいつらには追いつけない。そうと知るから頭を押さえ、ここで命を獲ろうとする。ために必死になられては、こちらも手練れの〈タイガー〉乗りらも思うように戦えはしない。
まして古代など、とても。〈タイガー〉乗りらは各隊が四機ずつ連携し、敵のやはり数機ずつと鍔競(つばぜ)り合う。それでようやく敵を制しているのだった。それは場数を踏んでいない古代ができる業(わざ)ではない。
経験の差だけではない。〈ゼロ〉と言う戦闘機自体がこのような乱戦で力を発揮するものではなかった。本来ならばこういうときは、〈タイガー〉乗りらの戦いを後ろで支えて戦況を有利に運ぶ道を開く。そのような機として造られたのが〈コスモゼロ〉と言う戦闘機であり、指揮官である自分の役目もそれであるはずなのだから――。
しかしどうだ。どうすればいい。今のこの状況で、おれはどうしたらいいと言うんだ。
そもそも、できることなんてあるのか――そう思ったときだった。通信で加藤の声が聞こえた。
『隊長! おれ達では無理だ。あんたがやってくれ!』
「え?」
『あんただよ! そいつで突っ込めばなんとか――』
ハッとした。そうか、格闘戦でなく、一撃離脱をやれってこと――山本の後ろに着けた敵めがけ、〈ゼロ〉の加速性能を活かして突っ込みビームを浴びせろと言うことだな――古代は思った。それでたとえあの敵を殺れなくても構わない。山本があれを振り切って上昇ができさえすればそれでいいのだ。
「わかった!」
と言って古代は機をひるがえさせた。グッと大きく旋回して乱戦の場をいったん離脱。山本の背中に着いた敵の姿を遠くに睨む。
そして一気に突っ込ませた。〈ゼロ〉がグングンと速度を上げる。こちらの意図を見抜いた者が前から数機向かってきたが、古代は間をスリ抜けた。〈標的〉として照準の輪に捉えた敵が迫ってくる。
だが――と思った。まずい。こいつは〈流鏑馬射(やぶさめう)ち〉だ。馬にまたがり勢いよく走らせながら、小さな的にめがけて矢を射(い)るようなものだ。
ましてや敵はクルクルと逃げる山本を追いかけて右に左に機を振っている。突っ込んでってスレ違いざまに命中させるなんて至難の業(わざ)――。
そう気づいた。だが勢いは止まらない。標的との距離が縮まる。付き過ぎた速度の差は埋めようもない。
ビームの射程の中に入り、追い越してしまうまでの時間はほんのわずかだった。その間に機首をめぐらしビームの火線を敵に合わすことはできるか。
できなかった。アッと言う間に古代の〈ゼロ〉は標的を追い越してしまっていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之