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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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担架



「気がついたか」声が聞こえた。「大丈夫だ。死にゃあしない。とにかく、こいつを吸っていろ」

口に何か押し当てられる。酸素の補給器だとわかった。敷井は頷いてそれを掴み、中身を深く吸い込んだ。

しばらくは、頭の中がぼんやりとして何も考えられなかった。ただひたすら息を吸い、酸素がどうやら体に染み渡ってくるのを感じて、ようやく自分はまだ生きているらしいなと言う思いが湧いてきた。でも、何があったんだっけ……。

「じきにそいつも必要なくなる」

と眼の前の男が言った。赤十字のマークを身のあちこちに付けている。

「電気が復旧したからな。空気も循環し始めてるんだ。わかるか? やったんだ。やったんだよ」

「ああ……」

「石崎を殺ったんだろう。君が。覚えてるよな。その記憶はちゃんとあるか?」

「うん」と言った。言ったが、あるようなないような。

「だったら多分、脳に損傷もないだろう。君は死なんから安心しろ」

「ふうん」

と言って酸素を吸う。気づけば担架に寝かされていて、周囲は兵士だらけだった。

担架に載せたケガ人を優先度に従ってあちらへこちらへ運び寝かせているものらしい。自分の順位はどのくらいなのだろうと思ったが、別にどうでもいい気もした。

むしろ放っておいてほしい。あのまま死んでいたかった。こんなところにおれを運べと誰が言いやがったのか。

変電所の中には違いないのだろうが、見知らぬ場所だ。あの〈橘の間〉から自分だけ運び出されたと言うことなのか。

『君は死なない、安心しろ』か――考えてから、なんでだろうと敷井は思った。徐々に記憶がはっきりしてくる。思い出すのは、死んだ者達の最期の姿。

なんでだろう、とまた思った。みんなが死んでおれひとりだけ生きてるのか。どうしてそんなことになるんだ。別におれがやらなくたって、誰かが石崎の命を盗っていたんじゃないのか。

そんな気もする。だが眼の前の男は言った。

「君がいなけりゃ、やつらは裏から外へ逃げていたかもしれん。途中でここの職員を皆殺しにしてからな。そうなっていたら電気を回復させられなかったかも……そうならずに済んだのは君のおかげだよ」

「へえ」

と言ったが、納得がいくものではなかった。それに、おれのおかげじゃない。みんなのおかげだ。足立と宇都宮と他の四人。あいつらが死んでどうしておれだけ生きてるんだ。それは不公平じゃないかと思った。

そんな勝利には意味がない。『あれはおれ達でやったんだ』と言い合う仲間がいないのでは、勝っても何もうれしくない。

これならおれもあいつらと一緒に死んだ方が良かった。なのにどうして……考えてから、大事なことをひとつ忘れていたのに気づいた。

「〈ヤマト〉はどうなったんですか?」

敷井は聞いた。男は、

「ん?」

「宇宙ですよ。冥王星」

「ああ」

と言った。それから首を振って、

「いや、知らないな。けど、それもすぐわかるさ」