敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
血染めの野
スプリンクラーによる雨が地下都市の上に降りしきる。それに機体を濡らしながら、何十と言うタッドポールが街の天井と地面との間の宙に浮いていた。
外国から日本にやって来た者達だ。相変わらず意思の疎通や統制はなく、あっちにドシンこっちでガツンとニアミスを繰り返している。
それでも中の乗客達は、いくらか頭を冷やし始めたようだった。窓に張りつき、さっきまでは真っ暗で何も見えなかった景色を眺め下ろす。雨と煙で遠くまでは見えないが――。
「何があったってんだ、こりゃあ……」
それぞれの国の言葉で言う。上から見下ろす地下東京の街は惨憺(さんたん)たるものだった。
紙の住宅は焼けていて、道には死体が散らばっている。スプリンクラーの雨が作り出す水たまりは真っ赤な血の池となっている。日本人を殺しに来たはずの彼らが毒気を抜かれア然とするほどの光景だった。
『皆さん、石崎は死にました!』
とラジオが言う声が、翻訳機によって彼らの言葉に変えられ機内に鳴り響く。
『お分かりでしょう。電気が取り戻されたのが! これも石崎が死んだからです! 聞こえますか、ゴーゴーと言う風の唸りが! 空気の循環も回復したのです! じきにこの煙も晴れて、酸素が吸えるようになります。危機は乗り越えられたのです!』
「イシザキが死んだ? ホントかよ」声を漏らす者がいる。「空気の循環がなんだって?」
「息が苦しかったのは、空気の循環が止まってた。酸素がなかったってことらしいな。それにこの煙……」
「騙されるな」と言う者もいる。「日本人が信用できるか」
「いや、おれも信用してるわけじゃないけど」
『この放水もすぐに止むとのことです!』
とラジオが言った。しかしわざわざ言うまでもなく、雨はパラパラとした小降りになっている。パイプの中の残り水が垂れてるような状態なのだろう。街の天井の灯りに照らされ、しずくがキラキラ光って見える。
「こりゃあ、どうなっているんだよ」
そんなことを何人かが言うのに対し、
「どうなってるもこうなってるもあるもんか! 全部嘘だ。まやかしだ。日本人に騙されるな!」
いきりたって言う者がいる。〈AK〉や手製爆弾を振り回し、
「構わねえからこいつでみんなブチ殺すんだ! そのために来たんだろうがよ!」
「いやまあ、そうかもしれないけど」
「『かもしれないけど』だと! なんだそれは! 今更何を言っている!」
バカでっかい鉈(なた)を振って、
「お前らがやらんのならおれひとりで日本人を殺してやる! 降ろせ! おれをここで降ろせ!」
「だからそんなことしてもしょうがねえだろって話をしてるんで……」
「お前らそれでもキリスト教徒か! 進化論を唱えるやつが憎くないのか! 冥王星を〈準惑星〉とするだけでも許しがたいのに、波動砲で粉々にする! それがジャップだ! 無神論者だ! クリスマスをケーキを食う日と思っているやつらなんだぞ! 殺してやる! 殺してやる! そんなやつらを生かしておけるか!」
「そうだそうだ!」
と何人か、同調して雄叫び上げる者が出てきた。どうやら電気や空気の回復、消火の雨は、それで頭を冷やすどころかかえって一部の者達の血圧を上げる効果をもたらしたらしい。
「全部嘘だ! 異星人の侵略と言う話そのものが嘘なんだ! ガミラスなど存在しない! 神は宇宙で地球にだけ生命を創り人を造った。猿に似せてジャップを造った。ジャップどもはそれを恨んで、神に復讐しようとしている! 冥王星を吹っ飛ばせば、神に勝てると思ってるのだ! 〈ヤマト〉はそのための船だ! だから我らでその企みを防ぎ止めねばならないのだあっ!」
「おーっ!」
と数人が鉈を振り、ガシンガシンと刃を打ち合わせた。
「いや、あの、そりゃあそうだけど」
と別の数人が言った。彼らの中では比較的冷静でいる人間も、やっぱり同じ考えを信じ込んでいるのである。
「だからって今お前らをここで降ろしてどうするんだよ。〈ヤマト〉に命令してるやつを殺らなきゃしょうがないじゃないか。イシザキが死んだと言うのなら……」
「だからそんなの全部嘘だ! イシザキが殺して死ぬものか! 溶鉱炉に投げ込まん限りやつは死なん!」
「うん、それもわかってるけど」
「我らの手で殺さん限り死なんのだあっ!」
「おーっ!」
と叫ぶ。そうなのだった。世界各地からやって来た反日暴徒が背景に持つ思想はみなバラバラで、たとえば隣の韓国から来る者達とはるばる南米から来る者達では信じることや日本に対するイメージがまったく違うが、それでもすべての集団に共通する目的はあった。
石崎和昭を殺すことだ。たぶん死なない。ものすごくダイ・ハードなので銃で撃ったり槍で突いたり斧で頭をカチ割ったりする程度のことでは死なないだろうが、溶鉱炉に投げ込めば、とか、ワニにでも食わせてしまえば、とか言った考えを持ってやって来る。それならきっと石崎と言えども命はないであろう、と。
そして本当の目的は、〈ヤマト〉に対して『波動砲で冥王星を撃つな』と命令することにあった。石崎を殺せばそれができると考えるから石崎を殺す。そのために彼らはやって来たのだ。
もちろん、彼らの考えは何から何まで狂っているが、狂った人間達なのだから狂っているのは当たり前だ。ゆえに説得は無理である。説得は無理であるのだが、
「とにかく今ここで降りてその辺にいる日本人を殺したってしょうがないだろ。イシザキを殺んなきゃ〈ヤマト〉は止められんのだから、北の変電所とやらに……」
さっきから向かおうとしていたのだが、闇と煙でものが見えずに、往生していたのである。しかしどうやら行く手の煙も晴れて、
「あっ」
となる。見えたのは要塞と見紛(みまご)うばかりの変電所と、その手前の血染めの野。
数限りない死体の山だ。第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦の後のオマハビーチや、ガダルカナルの総攻撃の晩の翌朝そこで見られた光景もまたこのようなものであったのではないかと思える屍の園。日本人を皆殺しに来たはずの彼らでさえも息を飲む凄惨さだった。
「こりゃあ……本当か? 本当にイシザキは死んだのか?」
「いや、そんな……騙されるな……」
「そうは言うが」ひとりが言った。「宇宙の戦いはどうなったんだ? 〈ヤマト〉は? もう波動砲を使っちまったんなら意味がないぞ。ここでおれ達が何をしたって……」
「いや待て。そんな。そんなことがあるか! 神がお許しになるはずがない。冥王星は〈惑星〉なのだ。〈準惑星〉などではない! だから〈ヤマト〉はガミラスに殺られてるかもしれんじゃないか。そうだ、そうに決まってる!」
「お前、『ガミラスなんて日本人のデッチ上げだ』と言ってなかった?」
「うるさい! 人の揚げ足を取るな!」
しかし、どのみち彼らの手で石崎を殺し〈ヤマト〉を止めると言う考えは行き詰まり、壁にぶつかって止まったのである。日本に来たどの国のどの集団の者達も、彼らの乗るタッドポールの中でこのようになってしまった。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之