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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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呼び声



地下東京の中心にある市民野球場では、群衆が次の情報を求めて正面の大スクリーンを見上げていた。しばらく前に《冥王星で二発目の核と思しき爆発を確認》と言う文に変わってそれきりだ。

「ラジオでも言ってる。『二度目の核爆発があった。それ以外に何もわからん』って……」

そんな声があちこちでする。電話は不通。インターネットやテレビはまだ死んだままで、かろうじてラジオが聞けると言う状況だ。しかしそのラジオにしても、『宇宙の戦いがどうなったのか何もわからぬ』と繰り返すばかり。

「ねえ、〈ヤマト〉はどうなったの?」

また声がした。あの子だ。今朝、父親に同じ言葉を問いかけた少年。また同じ質問をする。

「〈ヤマト〉は勝ったんじゃないの?」

「さあ……」

と、その子の父親が言った。近藤の方をチラリと見てから、

「まだわからない……」

その子も近藤の顔を見た。近藤は言ってやりたい気がした。勝ったさ。勝ったに決まってるだろ。〈ヤマト〉が敗けるはずがない。敵を倒してナントカダルへもう行こうとしてるところさ。

あれはそういう意味なんだ――嘘でもそう言いたい気がした。だが無理だ。嘘なのだから、嘘にしか、あの子の耳には聞こえないだろう。それに言ったら本当に嘘になってしまう気がして、近藤は怖くて何も言えなかった。

冥王星で核が爆発――そうだ。あれは〈ヤマト〉が敵と戦いそして勝ったと言う意味であっていてほしい。だが、わからんのだ。二発目があったのならば三発目や四発目があるかもしれんじゃないか。で、五発目があったりして、その後なんにもなくなってしまうかもしれんじゃないか。

ならば、その五発目で、〈ヤマト〉は殺られたと言うことだ。それが宇宙の戦いで、〈ヤマト〉は多勢に無勢なのだ。

冥王星には罠があると承知でただ一隻で、〈ヤマト〉は敵に向かって行った。波動砲で一撃に消し飛ばせるはずなのに、それを封じて敵に挑んだ。

どうやらそういうことらしい、と言うのもだんだんわかってきた。

なぜか、と言うその理由も、近藤にはわかってきた。そうだ。そうでなくてはダメだ。波動砲で敵に勝つのは勝利とならない。敗けなのだ。人類を救うことにはならないからだ。

〈ヤマト〉に乗る者達は、それを知ってる。だからこそ、星を壊さず敵だけを討ち取ろうとしているのだ。

『核が爆発した』と言うのは、だからそういう意味なのだと、近藤にはわかってきた。だからやっぱりあの子に言ってやりたかった。そうだ、敗けるわけがない。〈ヤマト〉は勝つさ。きっと勝つさ、と。

ああ、しかし、やはり言えない。言えば途端に嘘になってしまう気がする。〈ヤマト〉が殺られて、すべての希望が打ち砕かれ、それで終わりとなってしまいそうな気がする。

「ヤマト……」

とひとこと言った。何も言えない。具体的には――だから代わりに、ただそれだけを言うしかなかった。

「ヤマト……」

とあの子が言った。その父親もまたつぶやく。

「ヤマト……」

それがきっかけになった。周囲で人々が同じ言葉を唱え始める。ヤマト……ヤマト……それは少しずつ大きくなって、声を揃えての唱和になった。

「ヤマト……ヤマト……」

「ヤマト……ヤマト……」

祈るように人々が、スクリーンを見上げて名を呼びかける。ひとりひとりの声は経(きょう)を詠むように低かった。誰もがそんな名前の船が宇宙にいるなど信じられずにいる顔だった。

神が実在して人を救うつもりがあるのかどうか、疑いを持たずにいられる者などないように、〈ヤマト〉を本気で信じられる者などいない。そんな船がただ一隻でガミラス相手に戦って勝つ。そんなことが信じられる者などいない。それでも今、人々は、〈ヤマト〉の名を呼び始めた。読経のような呼び声がスタンドに広がって、球場の壁やフェンスを震わせ始めた。

皆が唱える。ヤマト……ヤマト……。どうか本当にその船が宇宙にいてくれてほしい。子供達を救うため、旅立つ船であってほしい。そして必ずそれができる船であるのを証明するため、冥王星にいる敵と戦ってくれていてほしい。

波動砲を使わずに! そして勝つのだ。勝ってほしい。ようやくに今、人々が、そう思い始めたようだった。

昨日までは人は言った。〈ヤマト〉? そんなの本当にいるかどうかも怪しいもんだ。軍人どものデッチ上げだろ。いたとしてもそんなもの、エリートの逃亡船に決まっているサと。そんなの、アテにしてどうする。船の一隻でどんなことができると言うんだ。

そう言ってきた、男達は。子供達が悲しい顔をする前で。女達が暗い顔をする前で。〈ヤマト〉なんてバカバカしい。荒唐無稽な作り事だと言うのが頭のいい人間だ、と鼻で笑って済ませていた。もう人類は滅ぶんだ。何をしても無駄なんだ。だからオレはその日まで、酒を飲みバクチを打って過ごすだけだ。

そう言ってきた、男達は。子供達はそんな大人をわけのわからぬ顔で見て、それじゃあ〈ヤマト〉はいると言う人は嘘をついているのかと聞いた。〈ヤマト〉はいるとボクに言うボクの父さんは嘘つきなのか。ボクの犬や猫の命も救いに行くとボクに言うボクの母さんは嘘つきなのか。

人はどうして〈ヤマト〉なんていないと言うの。〈ヤマト〉はいると言う人はどうして敵に敗けると言うの。波動砲で撃てば敵に勝てるなら撃てばいいのにどうして撃ってはならないものだと言う人がいて人よりも星が大事だから壊してはならぬ、人の命は地球より重いが人の命など冥王星に比べて軽い、だからガミラスと戦って死ぬのは無駄な死ではなく、けれどガミラスと戦って死ぬのは無駄な人間だ。人は滅びても滅びはしない。選民ならば生き残り、無駄な者は死ぬだろう。〈ヤマト〉よ撃つな、波動砲を撃ってはならぬ、異星人には人権がないとしている地球の法律はおかしいのだからガミラスは通常兵器を使って殺せ、十一ヶ月で帰って来いと叫ぶ人間が都知事になって、それが選ばれた者なのならば言うことが正しいはずなのに、そのたび人がヤレヤレと笑って『また〈ぐっちゃん〉がイカレたことを』と首を振るのはどういうことなの。

子供達はそう言った。それが昨日までの地下都市だった。地下で生まれた子供が灰色の天井を見上げ、その上には宇宙があって〈ヤマト〉がいる、帰ってくると信じている姿を見ても、『そうだ、絶対、君が正しいに違いないさ、信じて待とう』と誰も言ってやらない社会。それが昨日までの地下都市だった。人が絶望に打ちひしがれ、子供より幼稚な大人がカルトに溺れ、〈ヤマト〉と聞いてもあれはマンガだ、リアルじゃない、信じる者はバカを見ると誰もが言っていた社会。

それが内戦を生み、虐殺を生んだ。子供を殺せ、殺してしまえ、ガミラスの手など借りずに自分達でこの世界を滅ぼしてしまえ。それで正しいミームが残り、他は死ぬのだ。オレ以外、地球に男など要らない。オレが正しいからオレが生き、新世界の神にしてハーレムの王で聚楽(じゅらく)ヨンだ。

そう信じて人を殺す気の狂った者達から、人は逃げてここへ来た。この球場は正気を残した人間達の最後の砦だ。希望の砦だ。