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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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桜花特攻



〈ヤマト〉は峡谷(きょうこく)の上にいた。冥王星の地面に開いた黒い巨大なヒビ割れだ。太陽の光が届かず真っ暗で、底なしの深淵に見える。船の針路を島はその溝に合わせた。

「ここか? ここに突っ込めと言うのか?」島は言った。「下なんか何も見えないじゃないか」

太田が言う。「ここが最も氷が薄いと考えられる場所なんです」

「それはお前がそう考えてるだけだろ」

言った。言ったが、しかし確かに薄そうに見える。深くヒビが入ってるなら薄いことは薄いのだろう。

太田は続けて、「うまくすれば、竹を割るように裂け目を広げてそこを突き抜けることができます。地下の〈海〉に達するところまで行ければ……」

――と、そこで南部が言う。「魚雷ミサイル発射準備完了。後は島の腕だな」

〈ヤマト〉の艦首と艦尾左右に三つずつ、計12門備えられた魚雷ミサイル発射管。そのすべてに今、一基がそれぞれ人食いのホオジロザメかシャチほどもある巨大な宇宙魚雷が込められ発射の合図を待っていた。その先端はカジキのように鋭く尖る槍の形になっている。

〈地中貫通型〉と呼ばれる弾頭だ。射ち出されたらその重みと落下の勢い、尻についたロケットの力で地中深くに潜り込み、そこで爆薬を起爆させて地下の施設を破壊する。本来はそのような目的に使われる種類の兵器である。

それが12基。安全装置のピンを抜かれて発射のときを待っている。それぞれの魚雷の射手は各々(おのおの)の狙いを星の溝につけていた。眼で見ることはできなくても、赤外線とレーダーの〈眼〉が深淵の底のようすを捉え、各自が向かう照準装置に映し出している。発射後はレーダーで誘導して彼らの狙いすました場所へ突っ込ますのだ。

そうしてクルミを割るようにして、亀裂を広げてその下にある〈海〉まで〈ヤマト〉が達するまでの道を作る――果たしてそれがうまくいくかに、太田の案で衛星ビームからとりあえず逃れられるかどうかがかかっていた。

沖田が言った。「どうだ、島」

「はい」と島。「やります。射ってください」

「よかろう。魚雷ミサイル発射」

「てーっ!」

南部が叫ぶ。〈ヤマト〉の前と後ろから、続けざまに12匹の煙の尾を引く竜が解き放たれた。航跡を絡み合わせながらいったん高く上昇し、冥王星の星空に12の白いループを描く。

一分で高度30キロに達した。そこで下降に転じ、ブースターに点火する。12本の矢は弾丸の勢いで星をめがけて急降下し、加速をつけて狙い違わず地の割れ目に飛び込んでいった。その軌跡が〈ヤマト〉の窓から、12本の光の針を並び突き立てたように見えた。

そして爆発。12合わせてひとつの核にも匹敵するほどの閃光が、真っ黒であった峡谷の中を眩(まぶ)しく照らした。その裂け目から巨大な孔雀の羽根のような炎がのぼる。

――と、そこから、続いて白い水が吹き出した。火山が噴火するようにして、ところどころに水の柱が数キロメートルの高さにまで立ちのぼる。

〈海水〉だ。氷の下の〈海〉の水に違いなかった。魚雷ミサイルの爆発によって氷が砕かれ、石油を掘り当てたようにして水を噴出させたのだ。ナイアガラの滝を上下さかさまにして百倍の大きさにしたかのような巨大な噴水。弱い太陽の光を受けて飛沫(しぶき)の中に虹がかかった。

「よし、行ける!」太田が叫んだ。「ですが、早くしないと――」

「わかってるよ!」

島は言った。噴き上がった水はたちまち凍りつき、あられとなって地に降っている。谷の両脇にはかき氷の山がみるみる積もりつつあった。

ほどなくして溝はふさがり、すべてが氷に覆われてしまうことだろう。そうなる前に〈ヤマト〉をそこに突っ込ませねばならないのだ。

〈ヤマト〉は艦首を前にのめらす。髑髏(どくろ)十字のフェアリーダーを島は巨大な白い噴水に向けた。

「総員衝撃に備えよ!」

沖田がマイクを手にして叫ぶ。島は計器を見つめながら、トリムレバーを慎重に繰(く)った。床の重力が弱まって、体がフワリと浮くような感覚。

エレベーターが降下するときのような――もちろんそうだ。地に向かって〈ヤマト〉が降りていってるのだから当然だ。しかし、かつてこんなことは、誰もやったことがない。割れ目からはすさまじい勢いで水が噴き出している。それが凍った塊が〈ヤマト〉の甲板に叩きつける。操舵席の窓に広がる光景はまるで巨大なポップコーン鍋だ。〈ヤマト〉はそこに飛び込んでいく一個の小さなヤングコーン。

問題は突っ込む角度とスピードだった。島は姿勢指示器を見やった。現在の〈ヤマト〉の姿勢と高度と速度が示されている。その数値はみるみる変わっていきつつあった。高度は低くなっていき、速度は増していっている。

当然だ。自分から下に落ちていくのだから、加速するに決まっている。ヘタをすれば速度が上がり過ぎてしまい、噴水に突っ込むときの衝撃に艦首が耐えられないおそれが――。

ではどうする。加速を弱める方法がひとつ。〈ヤマト〉の艦首を上げさせて、上向き気味にあの割れ目に突っ込ますのだ。だが――と思った。それはできない。〈ヤマト〉の腹で氷を割ると言うことだから、間違いなく第三艦橋が潰れてしまう。

第三艦橋〈サラマンダー〉には、多くのクルーがいるのだった。その中には自分の部下の航海要員も含まれる。

それだけではない。あの艦橋は戦闘機の着艦を誘導する管制塔も兼ねているのだ。〈サラマンダー〉が失われたら、たとえこの戦いに勝っても航空隊のパイロットらを置き去りにしてゆかねばならぬことになる。

無論、古代も――しかし、だからと言ったところで、〈ヤマト〉の速度が速過ぎたならやはり〈サラマンダー〉はもぎ取れるだろう。この〈上部艦橋〉もまともに氷にぶつかるだろう。

いや、それどころか水を噴き出す割れ目を飛び越え、氷原の硬い氷に激突してしまうかも――島は思った。〈ヤマト〉は速度をグングン速めているけれど、降下率は逆に下がっているようだった。出来の悪い紙飛行機が地面に墜ちる寸前に一瞬フワリと浮くみたいに、艦首が上を向こうとする力を操縦桿に感じる。

そうだ。あれと同じなのだ。冥王星のわずかな大気の抵抗を受けて、船が島が思うのと違う方向へ進もうとしている。だから、それを読み取って、狙う方へ向かうように舵を調整せねばならない。

だがそんなこと、どうやって! 島は気が遠くなりそうだった。こんなことは誰もやったことがない! だから舵をどれだけ切ればいいかまったく知りようがない!

船や飛行機の舵と言うのはクルマのハンドルとわけが違う。舵輪を回せばその角度の通りに曲がり、直せばすぐ元通りになると言うようなものではない。紙飛行機の翼の端をちょっと折ってから投げてみて、また折ってから投げてみてと何度も何度も何度も何度も繰り返し、ようやくどうすればまっすぐ飛ぶかわかると言うようなものなのだ。

宇宙船もまた同じ。氷を割ってその下の海に突っ込む訓練など島はしたことがなかった。当たり前だ。誰がそんなバカげたことを想定した訓練プログラムなど組むか。