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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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砕氷



〈ヤマト〉クルー1100人の誰にとってもそれは恐怖の時間だった。床の人口重力が切れたような一瞬の後、地震のような衝撃が走る。壁も天井も波を打ち、床がトランポリンにでもなったような感覚をおぼえる。

実際、そのとき、〈ヤマト〉はゴムで出来ているかのようにグニャグニャと曲がり揺れていた。船体は耐震構造のビル同様に多少の柔軟性を持たせられており、あまりに強い衝撃を受ければたわむように造られているのだ。それもひとえに船と乗員を護るためのものではあるが、しかし実際に中にいて体験する立場の者は生きた心地のするものではない。

誰もが自分のいる部屋の内壁がグニャリと歪むのを見た。立っていた者は転ばされ、席に就いてベルトを締めていた者達もGに体を持って行かれた。ムチ打ちを起こした者も幾人かいるかもしれない。

固定されていない物が吹っ飛び、床に落ちて転がり滑る。艦首の方へだ。星に対して前のめりに船が傾いているために、冥王星の重力を受けて何もかもが前に引かれる。そのため支えがないものは、人でも物でも床を滑り落ちるのだ。

〈ヤマト〉は氷を砕きながら、噴出する水の力でいま船体を垂直にして星の中へと入っていく。舷はよじれ壁は軋み、振動と轟音が船の内部を満たし揺さぶる。人は階段を転がり落ちる巨大な太鼓の中にいるようなものだった。

そして、水。今の〈ヤマト〉は、衛星ビームの砲撃によって、まるでオカリナ笛のように穴をボコボコと開けられていた。そこに水が入り込む。マイナス何十度にもなりながら地殻内部の圧力によって凍ることのない海の水が。

ビームが被弾した区画は、いずれも空気の流出を防ぐための隔壁で閉ざされている。その内部に津波のように、極低温の水が雪崩れ込むのだ。

隔壁の近くにいる者達はその音を聞いた。その誰もが壁の向こうで恐竜でも暴れているかのように感じた。凄まじい水圧が壁を叩いてギイギイと軋ます。浸水はそこで防ぐことができても、温度までは止められない。たちまち辺りの船内温度がまるで地球の南極のような冷たさになった。

壁が霜付き、見る見るうちに粉砂糖を吹き付けたような氷の層を作っていく。雪の結晶を思わせる六角形の模様が浮かんだ。まるで植物の根のようにその六つ脚が広がり出す。それは間近に見る者には、まさに血も凍るような光景だった。

ガリガリと氷を削って〈ヤマト〉は進む。艦首の錨とフェアリーダーが氷を打つたび船は暴れる。だが最大の恐怖は決して、それが続くことではない。

恐れるべきは、それが不意にピタリと止まってしまうことだ。どんなに激しく恐ろしい揺れであろうと船が揺れているのなら、それは前へ進んでいること。下にある〈海〉に向かって降りて行っていることである。しかしそれが突然止んでしまったら、それは〈海〉に届かぬうちに〈ヤマト〉が氷の壁につっかえ、身動きできなくなったことを意味する。

そうなったら脱出はもう不可能だ。いずれ水の噴出は止まり、すべてが氷に包まれて、〈ヤマト〉はここで群れからはぐれたペンギンのようにカチカチになって埋もれることだろう。永遠に……。

それこそが最も恐ろしい瞬間だった。そのときだけは来ないでくれと誰もが祈るしかなかった。揺れと急速に広がる寒さに歯を震わせ食いしばり、皆、戦慄のときを過ごした。

――不意に、ガクンとひときわ大きな衝撃がきた。同時にピタリと揺れが収まる。

そのとき、誰もが、みな己の心臓も止まるような思いがした。音も振動も消えていた。それまでずっと壁を通して伝わっていた船の周りを水が流れている気配もなくなっている。

船が止まった。閉じ込められた。氷の間に――クルーの誰もがそう考えた。

――と、次の瞬間に、床がグラリと大きく揺れた。ギイギイと軋む音をまた立てながら、公園のシーソー台がギッタンコと動いてその上の乗ってるように床が傾く。

それで立っていた者達の誰もがオットットとなった。それまで艦首方向へ傾いていた床がまさにシーソーのように、一度水平になってから、惰性によって艦尾方向に傾いたのだ。そんなことが起こると言うのは――。

そうだ。〈殻〉を抜けたのだった。〈ヤマト〉は途中で止まることなく、氷を破ってその下の〈海〉に潜り込んだのだ。〈ヤマト〉はしばらく、水中でシーソーかやじろべえのように揺れていた。艦内ではそのたびに、丸いものが前後に転がる。それを眼にして、乗組員らが喝采を上げた。