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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【序】

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 人はこの世に生を受ける際、自らに課題を課すという。
 いわば現世での課題だ。
 母親の胎内を出た瞬間にそれが何であったのかは忘れてしまうようだが、課題の為に最も相応しい環境もまた、あらかじめ自分で選んでこの世にやって来るのだそうだ。
 父親と母親、兄弟や姉妹、育つ家。
 もしその話が真実ならば、自分は自ら望んで今の環境を得たという事になる。
 
 俺は赤司の家に生まれた。
 
 父と母の子として生を受け、征十郎という名を授かった。つまり俺は『赤司征十郎』という人間として生きる事をあらかじめ決めて来たという事だ。
 では、その『赤司征十郎』の課題とは何か。
 現世の課題とは、言い換えれば「自分の生」そのものだ。何のために自分が生まれて来たのかという問い掛けへの答えと言っても良いだろう。
 これまでの自分は、それが赤司家の次期当主として相応しい人間であり続ける事だと思ってきた。物心ついた頃には自分の中にそういった意識が既にあったし、周囲もまたそれを望んだ。そこには何の疑いもなかった。最上且つ絶対であり続ける事の重さも覚悟も、この家に生まれた自分に相応しい。現世の課題として自らに課したというのならば尚更だ。宿命と言っても過言ではないだろう。
 だからこそ全てにおいて頂点を目指してきた。勉学もスポーツも、周囲からそこまでする必要があるのかと思われる程の数多くの習い事も。『赤司征十郎』という人間を形成する為におよそ必要と思われる事には全て向き合った。やるからには一切手を抜かなかったし、常に納得のいく結果を出し続けて来た。無論それはバスケットボールも同様だが、自分にとってバスケットは他の習い事やスポーツとは少し違う。
 母が自分に遺してくれたバスケットボール。その存在があったからこそ、自分はかろうじて自分という者を確認しながら日々を送る事が出来た。
 ミニバスケットチームで汗を流した小学校時代。あの頃は自分が好きなもの、やりたいと思う事を母に後押しして貰える喜びで一杯だった。だから中学に上がる時には、本格的にバスケットに取り組む事を決めた。父は難色を示したが、彼が望むもの全てに於いて完璧な結果を出す事で俺はその口を封じて来た。俺はバスケットを続ける。誰にも邪魔はさせない。自分が望むものは必ず手に入れ、手に入れたものは決して放さない。そうした思いが俺の中で日に日に強くなっていった。その為にはどんな事も厭わないつもりだった。
 課せられたものだけでなく、あらゆる事に勝ち続けてみせる。それがあの時の自分に考えられる唯一のやり方だった。
 バスケットボール部に入った事で運命的とも言えるチームメイト達にも出逢った。部活動を通して彼等以外にも様々な人間と関わるようになり、俺の世界はそれまでの囲われたものから一気に開けた。新しい世界での日々の中で内心戸惑う場面は少なくなかったが、それでもそこから得られる発見や学びの喜びの方が数段勝っていた。毎日が新鮮で楽しかった。誰にもあの時間を邪魔されたくはなかった。自らの手で掴み、築き上げた唯一自由になる学校での時間。

 だがその時間は思ってもみないところから綻び始めた。

 キセキの世代と呼ばれ、共にコートに立って来たチームメイトの一人と1on1をする羽目になった。いや、正確には彼の反抗的な態度に自ら挑んだと言うべきか。あの頃、自分以外のチームメイト達は皆次々とその才能を開花させていた。そしてキャプテンとしてチームを率いていた俺への明らかなる挑戦。彼はハッキリと、今の自分なら負ける気がしないと俺に言った。事実、彼には5本勝負のうち立て続けに4本シュートを取られた。信じられなかった。気付けばもう後が無かった。

 馬鹿な。ありえない。
 『赤司征十郎』が・・・・負ける──?

 彼からの挑戦に敗れる事は、それまで負けを知らなかった自分にとって確かに屈辱だった。
しかしそれ以上に、敗北というものを意識したその瞬間、屈辱感よりも更に強い何かが抗いがたい勢いで自分の中に膨れ上がるのを俺は感じた。
 ここで負ければ、俺はどうなる。俺は自分自身に問い掛けた。
 自身のバスケットの実力は当然の事ながら、各部員のスキルデータやコンディションの掌握、練習メニューの検討、監督の意向と部員達の力の擦り合わせなどバスケットボール部主将として誰にも負けないだけの事をこなし、持てるだけの精力を注いで俺は自分の力を周囲に示して来た。その自分が共にスタメンとして肩を並べたチームメイトに負ければ、部員達の俺を見る目は確実に変わるだろう。只でさえ上級生を押し退けて一年の時に副主将、二年で主将に就いた俺だ。これまで完璧を喫して来た分、綻びが生じればそれはあっという間に大きな穴となり、やがて修復不可能な裂け目となる。加えて、その頃の帝光中学バスケ部は大きな変換期を迎えていた。キセキの世代各自の才能の開花に伴い、メンバー一人一人の結び付きが不安定になり始めていた。不穏な空気が漂い、ある意味一触即発な状態だった。
 更にそれまでの監督が病に倒れ、新しく監督に就任した元コーチの真田は前監督とは違って学校の理事会の圧力に押され気味だった。自分にとっては煩わしいだけだったが、『赤司の息子』がこの学校に在籍している以上、父と学校理事会のパイプも厳然として存在していた。下手をすればこの件が真田を通して父の耳に入り、部活動自体続けられなくなるかもしれない。両立出来ないのなら辞めてしまえと、これまで以上に父の縛りがきつくなる事も充分考えられた。
 父は失敗を許さない。そして父にとって“負け〟は“失敗〟と同義だ。
 学校生活、特にバスケット部は俺が自らの意思で手に入れた場所だ。学生の間、学校に居る間だけは自分の自由にさせて欲しいと生まれて初めて父に願い出、勝ち取ったものだった。限られた自由になる時間と、出せるだけの力を注いだ、俺にとっては自分が自分であり続ける為の最後の砦だった。それが音を立てて崩れ、自分の手の中からすり抜けて行こうとしている。母の思い出、人との繋がり、信用。俺にとってそれは、自分が自分として生きていると実感する為に必要なものを失う事だった。
 何がいけなかったのか。どこで間違ってしまったのか。
 負ければ全てが否定され、奪われる。そんなのは嫌だった。誰にも邪魔はさせない。望んだものは必ず手に入れ、手に入れたものは絶対に手放したりしない。だから俺は勝ち続けなければならない。その為に俺はこれまであらゆるものに心血を注いで生きて来た。そうする事で『赤司征十郎』という自分を築き上げ、非の打ちどころのない自分を示す事で周囲を黙らせて来た。それが自分自身を貫き通す為の対価であり、決して揺るがない法則、つまり『絶対』だった。
『この程度の人の言う事を聞くのは嫌だな。』
『これを決めたら、これからは俺の好きなようにさせてもらう。』
 チームメイトの言った言葉のひとつひとつが頭の中に反響する。

 ─── 認めない。
 そんな事、俺は決して認めない。

 そう思った瞬間、突如自分の中に呪文のような言葉が湧いた。

 ならば今すぐその場を退けろ。
 お前では勝てナイ。