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DEFORMER 2 ――キズモノ編

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DEFORMER 2 ――キズモノ編


「やっと見つかったって!」
 アパートメントの階段を足早に下りながら、少し後ろを振り向く。
「よかったです!」
 金の髪を揺らした少女は、きりり、唇を引き結び、すでに臨戦態勢だ。
「私も突入班の末席に加えてもらえたから、やるわよ、セイバー」
「もちろんです、リン!」
 頷き合って、踏み出した。

 探し続けて、二年が経とうとしている。
 私たちの――冬木の聖杯戦争から二年。やっと見つかった。やっと取り戻せる。
 あの時、あいつはいなくなった。
 セイバーが聖杯を破壊して、アーチャーと別れて、さあ家に帰りましょうって境内を見渡しても、そこにあいつの姿はなかった。
 そこにぶっ倒れていたはずのあいつは、忽然と姿を消していた。
 セイバーと必死になって探したけれど、手がかりすら何も見つからず、縋るように魔術協会に訴えた。
 “拉致された”と。
 確証はなかったけれど、あいつが自分から黙ってどこかに行くなんてありえない。もしかして跡形もなくあの高慢なサーヴァントに消されたのかとも思ったけれど、そんなことはない。だって、あいつは……、衛宮士郎は、私の魔力を根こそぎ持っていく勢いで戦っていた。そんなあいつが負けるわけがない。
 協会は聖杯戦争の覇者の言を無碍にできなかったのか、それとも他の理由があったのか、たぶん後者だと思うけど、案外すんなりと衛宮士郎の捜索に乗り出した。
 半年ほどで怪しげな魔術師の名が浮かんで、そいつの所在地と隠れ家と、それから、ようやく今になって“収集場所”を割り出した。
 魔術師の名をフォルマン。
 記憶操作では絶品の力を持っているらしい。その上に、研究者体質だという。
 なんとなく、士郎が置かれている状況が読めてきた。
 記憶を操作され、フォルマンに研究対象として捕らわれている。何がフォルマンの触手を動かしたかと言えば、それは、たぶん、士郎の固有結界だと思う。
 どこで知り得たのかしら……。
 士郎が固有結界を発動したのは、あの、柳堂寺での戦いでしかない。
 だったら、ずっと私たちを見ていた?
 いいえ、聖杯戦争自体を監視していた?
 それで、目ぼしい研究対象を物色していた……?
 ぞわ、と寒気がする。
「気持ち悪……」
「リン? どうしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ。ちょっと、この変態魔術師のことを考えていたら、寒気がしてきたの」
「ええ、かなりの異常さですね」
「ほんと……」
 協会が用意したバスに乗り込み、移動しながらセイバーとその変態魔術師の資料を読んでいると、車酔いすら吹き飛ばすくらいの吐き気が起こる。
 記憶操作にはじまり、肉体のままの魔術回路の収集、肉体改造、英霊魂魄の部分的な収集、嘘かほんとかわからないけど、複数の人間の身体の部位を繋げて一個体を作る研究もしていたとかなんとか……。
 うえ……、ほんと、最悪ね……。
 人工授精から仮母体を経た人間の生成ではなくて、人間の欠片を集めて繋いで一つの人間の形を造るなんて、常軌を逸脱しているわ。
「変態ここに極まれり、って感じね……」
 そんな奴に捕まって、士郎は無事なのかしら……。
 早く保護しないと。
 気ばかりが焦る。
「リン、もうすぐのようです」
 セイバーの声に、資料から視線を上げる。
「あのあたりに空間の歪みが感じられます。そして、かなりの魔力も……」
 セイバーの指さすそこは、長閑な田園地帯だ。
 今は収穫を終えた後なのか、畑は土を晒している。
「結界ね」
「ええ。とても強力です。そして、魔力を収集しているような感じもします」
「魔力を?」
「揺蕩うマナを収束しているような感じがあります」
「マナを……」
 普通の人間ならこの辺りをうろつくだけで、きっと倒れ込んでしまうわね……。
 とんだ魔術師だわ……。
 魔力を集めて何を企んでいるっていうのかしら?
「何か、宝具的な武器でも作っているのかしら?」
「さあ、どうでしょう? 外側からは、全く解することができません」
「そうね」
 とにかく、結界をどうにかして、中に入らなければ、変態魔術師の意図も、士郎も見つけられない。
 セイバーと気を引き締めてかかろう、と、頷き合った。


 意気込んだのも束の間、私たちは畑のど真ん中で途方に暮れるしかなくなった。
「手も足も出ない、か……」
 畑の真っ只中に立ち、悔しくて歯軋りする。
「セイバーでも無理?」
「外側からは無理ですね。内側であればどうにかなるかもしれませんが」
 結界とはそういうものだ。
 外からの守りだもの、当たり前よね。
「こんな強力な結界で……」
 士郎はこの中に閉じ込められているのよね?
 中と連絡が取れればどうにかなるかもしれないけれど、その方法すらわからないし、士郎が記憶操作をされていれば、連絡を取れたところで、この結界をなんとかしろなんて、まず無理だ。
「変態魔術師は捕らえられたらしいから、たぶん、ここに連れて来て結界を解除させるんでしょうけど、それまでの時間が惜しいわよ。何か仕掛けていたらどうするの? 変態魔術師が自分が捕まったら、ここは二度と開かない、とか時限装置みたいのなのを用意していたら、士郎は取り戻せないじゃない!」
 憤りを吐いて、拳を握る。
「ここまできて……」
 悔しくてたまらない。
 自分の未熟さが腹立たしい。
 もっと私に力があれば、もっと私が優秀であれば……。
 目の前にいるかもしれないのに、士郎を救えない自分が情けない。
「士郎っ!」
 呼んだってどうなるものでもないけれど、呼ぶことしかできない。
 声が届けばいい。
 私の声だけでも、助けに来たんだって、届いてほしい。
 ミシ……。
「え?」
 その音の方へ目を向ける。空間が歪んでいる。何か、透明なビニールを内側から押し出したような感じで、空間に歪みが生じている。
「な……に……?」
「リン、離れてください!」
 セイバーに腕を掴まれ、そこから引っ張られて、畑の土に蹴躓く。
 限界まで伸び切った歪みが破れ、畑の土に座り込んだ私のすぐ側を、竜巻のような渦が青白い光とともに真横に飛んでいった。
「な……」
 景色が変わる。
 今まで畑しかなかったそこに、古めかしい建物が現れる。
「結界が、破られた!」
 勢い込んで建物へと駆けようとすると、またしてもセイバーに腕を引かれる。
「リン、崩れます」
「え?」
 セイバーに抱えられ、その場から後退する。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! 士郎がいるかもしれないのにっ!」
 ガラガラと崩壊していく石造りの建物は、私の声などおかまいなしに、埃を巻き上げ、崩れていった。
「うそ……」
 ここまできて、やっと救い出せると思ったのに……、なのに、ひと目も見ることなく……。
「士郎っ!」
 砂埃に噎せながら呼ぶことしかできなかった。


「リン、まだ、危険です」
「うん、わかってる」
 崩壊と埃がおさまり、その建物跡に歩み寄る。左右対称の綺麗に整備された前庭は、もしかしたら、士郎が手掛けたのかもしれない、なんてバカなことを思う。
「どうしてよ……」
 悔しくて、涙が落ちた。
 これで、何度目だろう。
 この二年、悔し泣きしかしてこなかった。