DEFORMER 2 ――キズモノ編
自分の非力さに、不甲斐なさに、ただこぼれるのは、悔しさだけだった。
握った拳で頬を拭う。
とにかく、何か手がかりを探さなければ。ここにいるという確証もないし、瓦礫の隙間で生きている可能性もある。
泣くのはまだ早い。
そうよ、まだ、決定的なものを見つけていない。
顔を上げて、瓦礫の山を見上げる。
なんだか、不自然に盛り上がっている。何か下にあるのかもしれない。
「セイバー、この瓦礫、おかしく――」
ズズ……。
セイバーに言おうとしたところだった。この瓦礫、おかしいって……。
大きな石の塊が動いていった。
「え……」
驚いている間に、石の一方が浮き、何が起こっているのかと考えている間に、ごろ、と横へ転がった。
「な……、ア……」
声が出なかった。
そこにいたのは、紛れもなく……。
赤い外套がその動きに翻る。
緩い風が白銀の髪を揺らす。
見上げる体躯、褐色の肌、黒い装甲、赤い弓籠手。
「アーチャーっ?」
驚きで動くことができない。セイバーも呆然としている。
信じられない、アーチャーがここにいる。
どうして?
私たちは士郎を追っていたのよ?
なのに、どうしてアーチャーが?
アーチャーは私たちに気づくことなく、じっと何かを見つめている。険しい顔つきで、まるで睨んでいるみたいに。
その視線の先には、片膝をついた……。
「士ろ……う?」
疑問符がつく。
どうしてかというと、なんだか、雰囲気が違うから。
服装は以前と変わらないようなシャツとジーンズっていう、この時期にしては薄着で、二年の月日が経ったのに、あの頃とあまり変わらない体格で、一番目に付いたのは、髪が長いことだ。
無造作に伸びた髪を結うでもなく垂らしたままで、肩にかかっている。
士郎だと思われる方もじっとアーチャーを睨んでいる。
この二人、ここでずっと斬り合ってたんじゃ……。
ちょっと、おバカなエミヤシロウを想像して、思いっきり脱力する。
「はいはい、そこ! 喧嘩しない」
思わず注意していた。
士郎を見つけたらいろいろ言おうと思ってたのに、見つけた瞬間、こんなんだもの。
もう、一気にあの頃に戻っちゃう。
「え? と、遠坂?」
「凛……」
二人が二人、おんなじ顔で驚いて私を見る。
「やーっと見つけたわ、士郎。それに、アーチャーがいるなんて、驚きよ!」
いまだに、ぽかん、としたままの二人ににっこりと笑ってやった。
無事に士郎を救出することができて、しかも、アーチャーまで現界していて、その上、士郎と契約をしていたという、なんとも驚きな展開にやっとついていけるようになったのに、さらにその上をいく事態に、私は頭を抱えるしかなかった。
「本当なのっ?」
何度も訊いた。もう、士郎もうんざりしながら頷いている。
「ど……、え? っと、う、うーん……」
そしてまた、私は頭を抱える。
士郎が、士郎の身体が、女の子になってるなんてっ!
想定外もいいところよ!
あの変態魔術師、何してくれてるのよ、私の弟子に!
「それで、髪もそんななのね?」
「え? あ、いや、これは、たんに、自分じゃ切れなかったから」
伸び放題だ、と士郎は淡々と答える。
「ねー、あの、士郎?」
「ん? なんだ?」
「もっと、こう、驚きとかないの? 今まで記憶がなくて、女の子だと思ってたんでしょ? そしたら、実は男で、勝手に身体を女の子にされてたって、もっと驚くべきでしょ?」
きょとん、として士郎は何度か瞬く。
「えっと……、記憶のない時から、女じゃないんじゃないかと思ってたし、もっと、驚いたことがあったし、だから、今さら、身体が変わってるくらいでは、驚けないっていうか……」
うーん……。
なんなのよ、その、自分に無頓着な答え……。
普通なら、パニックでしょうに……。
「まあ、いいわ。士郎には士郎の事情があるんだろうし……。それで、アーチャーと契約したのね?」
「ああ、うん。あいつも捕まったみたいで」
「……その辺は、アーチャーに訊くとして、魔力はどうしてたの? あんたの魔力じゃ現界させるのはきついんじゃない?」
「あの建物に溜まった魔力があるから、現界は問題なかったみたいだ」
「そ。じゃあ、直接供給とかはしていないのね?」
「……した」
「は? 魔力は足りていたんでしょ?」
こく、と頷く士郎は赤くなって俯く。
「…………魔力は、足りていたのよ、ね?」
こく、と士郎は頷く。
「じゃあ、直接供給なんて、する必要、ないわよね?」
また、こく、と頷く。
「……あんのっ、エロサーヴァント! いたいけな少女に、なんってことをっ!」
拳を握って、すぐさまアーチャーにガンドを撃ちこんでやろうと立ち上がると、士郎に引き留められる。
「れ、練習をって!」
「え? 練習?」
「あの建物から出たら、魔力が足りなくなるから、アーチャーを現界させるためには直接供給しかないし、だから、失敗しないように、練習して、慣れておこうって、お、俺が言い出したんだ、だから、合意の上だ!」
椅子に逆戻りした。
それって、つまり……。
驚いたけれど、そこまで士郎はアーチャーとの契約を望んでいた、ということなのよね……。
「士郎、あんた、アーチャーに、特別な感情を抱いてる?」
私の腕を離し、士郎は視線を泳がせている。
「わか……らない……」
抱いているのね……。
なければ、答えに窮することなんてないもの。
「士郎、大丈夫?」
「え?」
「ひと息に何もかもが起こって、混乱しているでしょ?」
「それほどでも、ないよ……」
苦笑いを浮かべた士郎の頭を撫でる。
「酷い目に遭ったわね。大丈夫よ、私がきっちり落とし前つけてやるから。あの変態魔術師には」
「変態?」
「フォルマンっていう、あんたを拉致して身体を改造した変態魔術師よ。たくさん財産も持ってるらしいし、全部ぶん捕ってやるわよ」
頼もしい、と笑う士郎は、なんだかとってもキュートだった。
「それにしてもアーチャーが受肉、とはねぇ……」
「ええ、驚きです」
空港に向かいながらセイバーと頷き合う。
魔術協会での事情聴取も終わり、士郎はやっと帰ることができる。
アーチャーの処遇に関しては、魔術協会が預かると言い出したけれど、受肉済みでもあり、士郎の魔力量の少なさが功を奏して、不問、ということになった。
「望んだことではないようですが……」
「ええ。望んでは、いないでしょうね」
アーチャーは、自身の記憶を語った時、受肉が済んでいる、と皮肉な表情を浮かべ、苦々しく吐き捨てていた。
座に還ろうとしていたんだものね……。
答えは得た、とあの時、アーチャーはすっきりと笑っていた。士郎と剣を交えたことで、一つの踏ん切りがついたみたいだった。
これからも頑張って行こうと前を向いた矢先に、契約のなかったアーチャーは、あの変態に捕らわれて……。
私は目の前にいたのに、気づけなかった……。
座に還ってしまったんだって、思っていた。
また会うことになるなんて思ってなかったから、なんだか気恥ずかしいけど、アーチャーは全くそんな感じがない。
どうしたのかしら……。
作品名:DEFORMER 2 ――キズモノ編 作家名:さやけ