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村上と一条の話

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一蓮托生


 
 

 俺は大学四年で、就活生だった。
 世間ではつくば万博が開催され、柔道の山下は九連覇を達成し引退、スーパーマリオが発売されファミコンが大人気に、華やかなりしバブルの真っ盛り。
 どこもかしこも研修と称した囲い込みを図る中で、どこに就職するかが就活生の目下の大きな課題であり悩み事だった。
 とはいえ、きっちり卒論も仕上げ、それなりの企業に内定も決まったオレは、のんびりとコンビニのバイトなんかをして日々を過ごしていた。
 わりのいいバイトなら他にいくらでもあるんだが、接客業は嫌いじゃなくて、他人を観察するのが好きなオレにはおあつらえむきだ。
 そのコンビニの常連に彼がいた。
 自分の買い物をしに来ることはおそらくまれだったんじゃないかな。多分パシリに使われていたのだと思う。何か罰ゲームめいたことをやらされていることもあった。
 日に一度は必ず、ひどい時には両手に余るほど足を運ぶ彼。胸に名札を付けたままだったことがあるから、名前だけは知っている。

『一条』

 それが彼の名前だった。
 睫毛は長く、いつも必死な顔をした彼がなんとなく気になるようになったのは、ある意味では当たり前のことだったかもしれない。
 気になっているのはオレだけじゃなく、同じ時間帯に入る主婦やフリーターも気にしているようだった。
 当初の感想は『可哀想にな』それだけだ。
 女性陣曰くは美少年だそうで、俺にはそんなことちっともわからなかったが、言われてみれば整った顔をしているのは理解できた。いつも俯いているせいで睫毛が長いのはよく知っている。そんなわけだから女性陣はいたく彼に同情的だった。
 気になると言ったって、コンビニの店員と客、それだけの関係だ。
 一条さんは余計なことは言わないから、彼の人となりは知らない。
 向こうだって買い物の時は手元以外を見ていないから、オレの名前も顔も知らなかっただろう。それが名前を覚えられるようになったのは、ある日のバイト上がりのことだった。
 その日の俺はいつものように制服を着替えて、着替えてもフライヤーの匂いが身体に沁みつくのがうっとおしいな、などと考えながら駅までの道を歩いていた時のことだった。
 うっかり制服のポケットに倉庫の鍵を入れたままだったことを思い出し、慌てて店に戻ろうとした。
 その日は珍しく一条さんは来ていなかったんだが、オレと入れ違いに店に来ていたみたいですれ違いになりかけた。
 彼は泣いていた。
 悲しそうにではなく、何かの感情を内側に滾らせて。
 その涙が、ちょっとないくらい綺麗に見えて、オレは思わず足を止めた。
 一条さんは泣き顔を見られたことに気が付いたのか、袖口で目元をぬぐい、ぷいと顔を背けた。その仕草が意外なくらいに子供っぽかった。
「……あの」
「なんでしょう?」
 涙の痕の残る顔で、白々しいくらいにっこりと一条さんは笑う。そういやまともに声を聴いたのは初めてかもしれないな、とオレは場違いなことを考えていた。
 普段の買い物では、すみません、これ、ください、ぐらいしか聞いたことはない。あとはホットスナックの名称と、煙草の銘柄くらいか。それらは俺が店員として機能するためのいわば記号であって、いちいち誰の声だなんて認識しない。
「……えと、いきなり話しかけてすみません。オレ、村上って言って、そこのコンビニでバイトしてるもんなんですけど、お客さんよくご来店くださるから……その」
 今思えばそれが何だって言う話だ。
 だけど、オレはひどくテンパっていた。
 一条さんは目をぱちくりとさせ、それから、表情を殺して「あぁ、いつもお世話になっています。それで、何か?」とこれまた笑顔を張り付けた。
 なんだか、オレにはそれがやたらに痛々しく見えて、目を合わせているのが辛かった。
「あの、これ」
「え?」
 ハンカチなんて気の利いたものはないけど、配られているのをポケットに突っこんだままだったティッシュを押し付けて、オレは急いで店に戻った。
 別に下心とかはなかった。
 ただ、泣き顔のまま彼を帰したくないと思っただけだった。
 次の日、店に来た一条さんは、ポケットティッシュを購入し、そのままそれを俺に押し付けてきた。
「あ、えっと……あれ配ってたもんだし、気にしなくてもいいのに」
「借りを作るのは好きではありません」と言った彼は、何者の干渉も拒絶しているかのようだった。
 綺麗だ、と思った俺の語彙不足は認める。何と言うか、貼り付けられた笑顔の向こうが綺麗だと思ったのだ、なんとなく。
 できることなら貼り付けられた笑顔を外して、その向こうを眺めてみたい。いや、別におかしな意味じゃない。
 何物にも揺るがない強い意志みたいなものを感じたんだ。
「あの……」
 もう少し話をしたい、と思ったオレは何をどう伝えるかを決めかねたまま、一条さんの手を掴んだ。間にカウンターがあるのがどうにもまどろっこしい。
「……何?」
 一条さんは煩わしそうに、俺を見返してくる。
「一条さんは、どこで働いているんですか?」
 オレの質問に一条さんは鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして、それから眉間にしわを寄せた。一条さんが教えてくれたのは駅前のパチンコ屋の一つだった。
 名札に『チーフスタッフ』と書かれているのを見ると、バイトだとしたらかなり長く働いているか、あるいは正社員かだ。長く働いている、にしては若いから、多分後者。
 考えてみれば俺は彼の年齢も知らない。
「今度……遊びに行きます!」
「……ご自由に。お待ちしております」
 そう言って冷笑を浮かべた彼は、俺が知るどんな彼よりも彼らしかった。



 パチンコ店で働く彼は、思った通りに冷遇されていた。バイト、と名札を付けた連中にまでパシリ扱いされている始末だ。おそらくは彼の上司が彼に対してそう言った扱いを認めているのだろう。
 彼は黙々と頭を下げて……だが、彼を手ひどく扱ったものが顔を背けると、とても好戦的な光をその目に宿す。
 気の毒に、と思った。
 彼が、ではない。彼に対して誤った扱いをした連中にだ。彼らは間違いなく近い将来一条さんに復讐される。おそらく彼は自分の使い方を心得ている。
 面白そうだ。その復讐を見届けられないだろうことが悔しい。
 きっとそれはすごく面白い見世物になるのに。
 パチンコ店の壁にあるポスターに、バイト募集に並んで企業名が書いてあった。
(……あぁ、ここ帝愛グループの系列なんだ)
 ぼんやりとそんなことを考える。
 TVでもよくCMを打っている金融会社の帝愛は、日本でも最大規模の会社になるだろう。その事業は多岐に渡り、関連会社はTIの文字を冠していることが多い。それ以外にも小売店や、教育事業、様々な展開をしているが、やはり一番の母体となっているのが、ローン会社だろう。ローン会社だけでも、企業向けの大口融資を担っている会社から、個人向けのカードローンまである。
 成長幅も見込める、就職活動生から見ても優良企業だ。
 気が付けば俺はせっかく決まった内定を辞退して、帝愛グループの扉を叩いていた。
 幸いにして俺はぼんくら学生の類ではなかったので……門戸は俺のために開かれた。
作品名:村上と一条の話 作家名:千夏