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コトノハノコハク

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 あの女は和也にはふさわしくなかったのだから、悲しむことは一つもないのだと、慰めているつもりなのかもしれないが、和也が欲しくもない情報をつぎからつぎに開示した。
 ありさが和也のプレゼントを売り飛ばしていたこと、和也が贈った車は目の前の男が嬉々として乗り回していたこと、和也が贈ったマンションにこの男を住まわしていたこと。和也は何一つ知りたくなかった。
 ありさは和也の最大の理解者だと信じていたかったのに、ありさは和也のことなんて歯牙にもかけていなかっただなんてこと、知りたくはなかった。
 本命の男は、直々にゲームを仕掛けてみたら、これまた男をかくまっていたという女と共にあっさり死んだ。愛だの恋だの言っていたのに、結局罵り合って仲良く醜く死んだ。特に策を弄する必要も感じさせないつまらない男だった。
 ありさもこんなつまらない男に血道を上げるようなつまらない、くだらない女だったのだろう。それが現実だ、と自分に言い聞かせた。
 結局ありさも金だけしか見ていなかった醜い女のひとりで、やっぱりまともな女なんているはずがなかったのだ。
 もう作家だなんてくだらない夢も捨てる。
 まずは形からだと揃えた特製の原稿用紙も、万年筆も、マホガニーのライティングデスクも、ありさへの想いと共に捨てる。
 一文字も記すことのなかった白い原稿用紙をくしゃりと丸めかけて、ふと伸ばし直す。
 どんなに自分に言い聞かせても、腹の中にはありさへの思いが凝っており、このままでは吐き出すこともできそうにもなかったから、せめてそれを綴って、それから焼き捨てようと思いついたのだ。
 舞台はとあるクラブ。冴えない風貌の男が美しい娘に恋をする。ヒロインの名前は『亜理沙』、もちろんありさから取った。
 そのまま書くのも憚られたので、主人公の男は暴力団の組長ということにして、小説の態を取る。
 誰に読ませるつもりもないけれど、万が一誰かに見られたとして、あんな女にそれほど入れ込んでいたとは知られたくなかった。
 ありさの風貌を描写しようとすれば、いくらでも言葉は溢れた。
 結末も決めないまま、組長が亜理沙の歓心を買おうと涙ぐましい努力をする姿を言葉に綴ると、自分がしてきたことの愚かしさを客観視でき、少し笑えた。
 物語のクライマックス。
 組長は店に話を通し、亜理沙を夜の世界から救おうとする。ラブストーリーならば、これでハッピーエンドだ。きっと和也もそんな結末を望んでいた。
 ……が、しかし。そこで筆は止まらなかった。
 亜理沙もまた男と逃げ出した。
 和也は混乱した。物語すら自分の思うようにはならない。しかし書かずにはいられなかった。書けば書くほど物語はその先を自ら吐き出した。
 自分が書いているのではなく、何者かに書かされているかのような、そんな感覚があった。

 どうして……?
 死ぬだろ!
 そんなことをしたら死ぬだろ? 亜理沙……!

 あぁ、そうか。オレは死にたかったのだ。ありさと逃げたイケメンと自分を比較し、自分の風貌に絶望したのだ。命を掛けるほど、ありさが想った男がいたことに、それが自分でなかったことに、失望したのだ。
 誰も自分を一番には愛してくれないことを改めて思い知らされ、死にたくなったのだ。
 この物語の先を、誰よりも和也自身が知りたくなった。
 ありさとは、『亜理沙』とは、どのような女だったのかを、一つ文字を連ねる度に知り、和也は驚愕した。
 亜理沙はつまらない女だった。
 実際に死に様を見たもう一人の女と混ざりあってしまったのか、書けば書くほど、どこにでもいるくだらないつまらない醜い女になった。
 こんな女は、ありさの応身などではありえなかった。
 それでいてどうしようもなく「ありさ」だった。
 和也の中に内在するありさの姿を投影して、亜理沙は和也の筆の中で生きた。亜理沙は和也のために存在する「ありさ」だった。
 本当は自分のために生きてほしかったし、自分と逃げてほしかったし、自分のために死んでほしかった。
 それすら敵わないのなら、せめて自分の手で殺したかった。
 ありさは、それらすべて何もかもを裏切って、和也の元から逃げたのだ。
 だから、和也は亜理沙の最期を描く。
 書いている最中はどのような結末を迎えるのか、和也自身にもまったく予想が付かなかった。
 亜理沙は、くだらなくつまらなく醜くて、浅はかでみっともなかった。それでいて、したたかで賢かった。泣き喚くだけでなく、愛した男を自分のために殺そうとする生き汚さがあった。
 物語の中で決めた、六分の一の確率。
 亜理沙が組長に命乞いをする。悲鳴を上げる。祈る。
 天罰は下った。
 あぁ、とうとう自分の手で「ありさ」を殺せたのだ、と和也は書き終えた原稿用紙の末尾に、了の字を書きつけ、ほっと息を吐いた。
 結局結末は、実際に取材し目撃したのと同じことになった。
 それはそうだ。
 ありさではなかったが、男と女は並んだ。さらし首のように、ふたつ。
 書き散らかした原稿用紙を並べ直し、読み返す。
 喉の詰まるようなぎりぎりの真実がそこにあった。
 そして和也は気が付いてしまった。
 物語の中でさえ、亜理沙に手を下したのは、和也ではなかった。
 亜理沙を死なせたのは『達也』であり、組長ではないし、物理的なことを言えば、刺したのは黒服だった。
 和也はありさを殺すことはできなかったのだ。
 ただできたのは、和也が書いた物語の中に彼女を閉じ込めることだけだった。
作品名:コトノハノコハク 作家名:千夏