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忘れないでいて【後編】

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忘れないでいて



「アムロ!アムロ」
ーーー誰かが僕を呼んでいる…。
とても…懐かしい声…。


自分を呼ぶ声に、意識が浮上していく。
「ん…」
「アムロ!」
ぼんやりと聞こえていた声が、はっきりと耳に届き始める。
アムロはその声に導かれる様に、瞼を震わせ、ゆっくりと目を開いた。
ぼんやりとして滲む視界を、何度も瞬きして、はっきりさせていく。
そして、目の前の顔が、はっきりと輪郭を結ぶ。
大きなスクリーングラスをしているが、その顔は間違いなくあの男のものだ。

「…シャア…?」
「アムロ!」
ホッとした表情を浮かべるシャアに、どうしてだろうと考えるが、よく分からない。
状況を確認しようと視線を巡らせ、自分がシャアに抱きかかえられている事に気付く。
「え⁉︎」
慌てて起き上がろうとするが、上手く身体に力が入らない。
「あれ…?」
身体が重く、思ったように動かない。
「なんで…身体が…動かない…」
「落ち着け、意識が戻ったばかりだ。ゆっくりと呼吸をして…」
シャアに言われるまま深呼吸をする。
すると、少しずつだが身体が動くようになってきた。
「僕…どうしたんですか?」
「突然、意識を失って倒れたんだ」
「倒れた?」
アムロを記憶を辿り、その時の事を思い出す。
コアファイターを見つけ、コックピットに乗り込んだ。
そのあと、Zガンダムに戻ろうと歩き出して、不意に意識が遠のいた。
「…あ…そうだ…僕…」
右手で顔を覆い、小さく溜め息を吐く。
「すみません…」
シャアの腕から立ち上がろうとするが、逆にシャアにギュッと抱き締められる。
「え?シャア?」
「クワトロだ。また倒れるといけない。私が抱えて行こう」
そう言うと、クワトロは軽々とアムロを抱え上げる。
「ちょっ!え?」
「暴れるな、落ちるぞ」
シャアに抱えられている状態にパニックになるが、そんなアムロを気にする事なく、シャアは歩き始める。
「ちょっと!シャ…クワトロ大尉!」
「君は長い眠りから目覚めたばかりだ。身体が思うように動かなくても当然だろう。気にするな」
「そ、そんな事言われても…」
かつてのライバルに、軽々と抱えられている状態に困惑するが、身体が上手く動かないのも事実で、アムロは戸惑いながらもシャアに身を預けた。

先程と同じ様に、カイと共にZガンダムのコックピットに乗り込み、床に座り込むと、大きく息を吐く。
「大丈夫か?アムロ」
心配気に顔を覗き込むカイに、アムロは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫です…、なんだか身体が重くて…。それよりも、恥ずかしかった」
思わず両手で顔を隠すアムロに、カイが笑い出す。
「ははは!気にすんな!」
そう言いながらも笑いが止まらない。
「ちょっと、カイさん!」
「悪い悪い!しかし、俺とした事が、写真を撮り損ねた!一大スクープだったのにな!」
「カイさん!」
顔を真っ赤にして叫ぶアムロの肩を、カイがポンポンと叩いて宥める。
そんな二人をチラリと見ながら、心配気にカミーユがアムロに尋ねる。
「それにしても、本当に大丈夫ですか?次のポイントで一旦休みます?」
「うーん、でも、迷惑は掛けられないよ」
「バーカ、まだまだ先は長い、気にすんな」
狭い通路をモビルスーツで移動しているため、想像以上に移動するのに時間が掛かる。
おまけに、ジャブロー基地は地下が広く、放射能の影響のないゲートまではかなり遠い。
急いでもまだ半日以上掛かる。
「すみません…」
アムロの隣に座ったカイが、アムロの身体を引き寄せて自分の肩に凭れ掛けさせる。
「カイさん…?」
「ちょっとは楽だろ?凭れとけ」
「…なんか、カイさんが優しくて気持ち悪い」
「おい!」
「ははは…、だって前はこんなに優しくなかったじゃないですか…」
「あのな、俺だって大人になったんだよ。これくらいの余裕はあんの」
「余裕ですか。ふふ…大人…か…」
「あ、悪い…」
「気にしないで下さい。なんだか…不思議なだけです」
「アムロ…」
「それより、なんであの人が連邦に居るんですか?」
「さぁな。潜入捜査ってやつじゃないのか?それで、ティターンズの暴挙に反対するブレックス准将にエゥーゴに誘われて、今に至るってとこだろう?」
「それじゃ…いずれジオンに帰るんでしょうか…」
「どうかな。ジオンもザビ家の派閥と、その他の細かな派閥に別れて色々あるようだし。あいつがザビ家の派閥に収まるとは思えんしな…」
ーーー『シャア・アズナブル』
その本当の素性は、ジオンの創始者とも言える、ジオン・ズム・ダイクンの長子。
しかし、そのジオン・ズム・ダイクンはデギン・ザビに暗殺されたと言う噂がある。
そして、当時ホワイトベースに同乗していた彼の妹は、彼が父親を殺し、自分たちを故郷から追いやったザビ家に復讐をしようとしていると言っていた。
おそらく、あのア・バオア・クーで、その復讐は成し遂げたのだろう。
そんな彼が、ザビ家の派閥に収まるわけがない。
「まぁ、何を考えてるか知らないが、ブライトはアイツを信用してるみたいだな」
「ブライトさん?」
「ああ、アイツは今、エゥーゴの戦艦の艦長やってるよ」
「ブライトさんが反連邦組織⁉︎」
「あの堅物がティターンズで上手くやれる訳ないだろう?」
「はぁ…」
「それに、ハヤトも博物館の館長やめて、同じく反連邦組織のカラバにいる」
「ハヤトが?そういえば、ホワイトベースの他のみんなは?今、どうしてるんですか?」
「お前、どこまで知ってる?」
「え?カイさんやフラウ、ミライさんは退役して、ブライトさんやジョブ・ジョンさん、オペレーターの二人とか、元々正規の軍人だったメンバーはそのまま軍に残ったって…、そう言えばセイラさんは?無事ですか?」
「あ、ああ。セイラさんは退役して、医者になってる」
カイのその言葉に、アムロが安堵の息を吐く。
「そっか、セイラさんは無事なんですね」
「アムロ?」
そこでカイはハッとする。
「おい、まさかお前、セイラさんや他のメンバーの身柄を盾にされて連邦に従ってたのか?」
「……」
「アムロ!」
「……ミライさんやセイラさんは…少しニュータイプの素質があったから…、僕が被験体を断るなら、二人を代わりにって…言われただけです」
「充分、脅しじゃないか!」
「でも、僕には家族も居ないし帰る所も無かったから…」
「そんな!それはみんな同じだろう?それに、お前にだってやりたい事はあった筈だ」
「やりたい事…そうですね。エンジニアにはなりたかったかな…」
アムロが悲し気に微笑む。
そんなアムロをカイがギュッと抱き締める。
「悪かったな…お前に全部押し付けちまって!」
「そんな事ないですよ。それに…そうだ!ここを出たら、エンジニアを目指してみようかな」
笑顔を向けるアムロを、カイが切な気に見つめる。
「……ああ!そうだな」

そんな二人の会話を、百式で聞いていたクワトロが、唇を噛み締め、ギリリと操縦桿を握り締める。
「クワトロ大尉?」
隣でクワトロを見ていたレコアが、クワトロの様子に、思わず声を掛ける。
「ああ、すまない。連邦のアムロに対する扱いに少し腹が立ってな…」
作品名:忘れないでいて【後編】 作家名:koyuho