敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
心変わり
「テントは軟質樹脂製だが、カーボンナノチューブの網を挟み込んであるので――」
と加藤は特設パーティ会場の入り口で、注意事項を説明する仕事を続けていたが、ふとテントの中心が騒がしくなったのを感じてそちらに眼を向けた。ギョウザ焼き場の前に人が集まっている。
なんだろうと思いながら見ていてやがて、古代を囲んでの記念撮影会が始まったらしいと気づく。
おやおや、と思った。このテントにやってくるのは、『古代がギョウザを焼いてる』と聞いてドレドレと見に来た者が多いらしいというのは最前から感じていた。古代が焼くギョウザを食べに来た者ならば、古代と一緒に写真となればそれは群がるに決まっている。
クルーが一度に数人ずつ、古代を囲んで――と言うより、古代は卓の奥にいるので古代を生ける銅像として前に並ぶように写真に撮られていく。
加藤は眺めて、変われば変わるものだと思った。太陽系にいた頃には誰もが古代を異端視し、疫病神だ穀潰しだと呼んでソッポを向いていたのに。
それが今では、まさにアイドル。古代こそ、人類を救うために神がこの〈ヤマト〉に寄越した聖なる〈エルモ〉。そう信じているかのようだ。古代がいればオレ達はこの旅を必ずやり遂げられる。帰りを待つ親や我が子を救えるのだと……。
しかし元々、古代を最初にシカトしたのはおれなのだから、古代が除け者にされていたのはおれのせいでもあるのだが……そんなふうに加藤が考えていると、女がひとりツカツカとこちらにやって来るのが見えた。
船務科長の森雪一尉だ。道場の無断使用の罰として自分にこの役をやれと命じてきた女だ。古代がギョウザを焼かされてるのもこの女が与えた罰と聞いている。まっすぐこちらに歩いてきながら今もひどい仏頂面だ。
そしてすぐ前で立ち止まった。何か文句があるのかな、と思って加藤は身構えた。
しかし森は、フテ腐れたような顔をしたまま、「はい」と手を差し出してきた。ソーダカクテルのグラスが握られている。
そうして言った。「もういいわ。元の仕事に戻りなさい」
「は?」と言った。「ええと、おれの交信の番が来るまでやれという話でしたが」
「あたしが『いい』と言ってんだからもういいのよ! ほら!」
言って早くグラスを取れとばかりに手をさらに突き出してくる。加藤は「どうも」と言って酒を受け取った。
「勘違いしないでよね」森は怖い眼で加藤を見ながら、「あたしはこのあいだのことを許したわけじゃないんだから。今度規律違反をしたら、倍の罰を受けてもらいますから」
「はあ」
「『はあ』じゃないでしょう!」
「はい!」ピンと背を伸ばした。「わかりました! 以後気をつけます!」
「フン」
と言って森はテントを出ていった。
「なんだありゃあ……」
見送って言うと、
「ひょっとして、二尉に気があるんじゃないですか」
たまたま近くで見ていた者が笑って言う。
「まさか」
と加藤は言った。〈シンガポール・スリング〉らしい酒に口をつけてから、
「ありゃ、ああいう人だよ」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之