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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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北斗七星



そして結局、またやっぱり、同じところに来てしまった。艦橋裏の小展望室。

古代はドアの前に立つ。山本と横に並んでランニングをする気になれず、別の運動もやはりできずにトレーニング室を出て、思い出したのがこの場所だった。

けれども中に入ろうとしてふと思った。ここに来たのは三度目だが、前の二回に二回とも同じ相手とぶつかっている。よりにもよって、船でいちばん苦手とする人物と。

船務科長の森雪だ。あの女はこの船の中を一日中、端から端まで見てまわっているらしい。それがセンムカチョーという役職の務めであり、おれがここに来るときに決まってここにやって来るのだ。

だから今度も……いいや、まさか。いくらなんでも三度続けてというのはあるまい……思いながら中を覗いた。

星を見るための部屋だから内部は暗い。窓には宇宙。四半球のドーム窓いっぱいに星が散りばめられている。

そして宇宙空間にひとり人間が浮かんで見えるが、それは通路の灯りのために窓に映り込んだ古代自身の姿だった。

他に人影は見当たらない。どうやら誰もいないようだなと思いながら中に入る。

が、ドアを閉めて初めて気づいた。窓に映る自分の姿が消えると同時に、別のものが視野に浮かび上がったのだ。

部屋の真ん中、高さ1メートルばかりのところに、何やら白く丸いもの。古代はそれにあやうくぶつかりそうになって「わっ」と思わず声を上げた。

「ん?」

とそいつが言葉を発する。いや、〈言葉〉とは言えないが、とにかく人間の声だった。いやいや、〈人間〉と言うよりは、何か猛獣の唸り声のようでもあったが、確かに古代が聞き覚えのある声だった。

「誰だ?」

とそいつは続けて言う。もう間違いようはなかった。白く丸いものは頭だ。部屋の真ん中に白髪の男がひとり背中を向けて床に座り込んでいたのだが、位置の低さと暗さのためにそうと気づかなかったのだ。

それに、男は黒っぽい服に身を包んでいた。ためによく見えなかったが、気づいてみればそれとわかる。宇宙軍服のピーコートだ。

艦長の沖田だった。首をまわして古代の顔を見上げてくる。

「あ……」

と古代は言った。自分がひとつ間違いを犯していたのに気づいた。この〈ヤマト〉という船でおれがいちばん苦手とするのは船務科長の森雪じゃない。

これだ。この艦長だ。この白ヒゲのじいさんこそ顔を合わせずに済むのなら顔を合わせずに済ませておきたい苦手中の苦手だった。それがまたなんだって、なんでどうしてこんなところに……。

「ええと……」

と言った。沖田も古代を見上げながら、目をパチパチさせていた。

古代は前にこの男と個室でふたりきりになったときのことを思い出した。タイタンの後の艦長室だ。あのときもドーム窓の星空の下で、『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』と、わかるようでわからぬことを言いながら目に涙を光らせていたようだった。

その眼がまた、暗い小部屋の中で自分を見つめている。しかし今度は、その視線がどことなく定まっていない感じだった。

自分を見ながら自分を見てない。目をしばたたかせながら、『見覚えのある顔だけれど誰だったかな』とでも言いたげにして古代を見ている。

沖田は床にあぐらをかいて座り込み、ピーコートは袖を通さず肩に羽織りかけていた。いつもの帽子は今は床に置いてあり、その脇には一升瓶。

そして沖田は、片手にコップを持っていた。古代はこの室内に佐渡先生の医務室と同じ匂いが漂っているのに気づいた。

どうやら沖田はここでひとり、酒を飲んでいたらしい。

それも、日本酒だ。瓶の中身は残りあと二割ばかりになっている。ここでどれだけ飲んだのか知れぬが、これだけ匂いがするのは、たぶん相当に……。

思っていると、沖田は言った。「おお、古代か」

「え、あ、はい」

「何をしとった。待っているのに来ないから、わしひとりで飲んじまったぞ」

「は?」

と言った。これはいけない。だいぶ酔っ払っている。一体誰を待ってるつもりでいたというのか。

「立ってないでそこに座れ。まだちっとは残っとるから」

「え? いえ、あの」

言ったが、なぜか酒瓶の横に、もう一個のコップがあった。古代が床に正座すると、「ほら」と言って沖田はそれを寄越してきた。次いで酒瓶を取り上げる。

「ええと……」と古代は言った。

「なんだ」

「その……今日はもう酒を一杯飲んだところで、パイロットとしてはもうこれ以上は……」

「フン」と言った。「それがなんだ。《飲み足りない》と顔に書いてあるじゃないか」

「はあ」と言った。酒の匂いがまた鼻をくすぐってくる。

途端に、そうだ、飲み足りない。大体さっき飲んだようなのは酒じゃない。おれが飲みたいのはそれだ、という気持ちがこみ上げてきた。沖田が瓶の口をこちらに向けてくる。古代はコップを持ち直して差し出した。

「それじゃあ」

「うむ」

ドバドバと酒をつがれる。沖田はそれから、『受け取れ』とばかりに瓶を突き出してきた。

「は?」

と聞くと、沖田はもう一方の手に自分のコップを持ち直す。『酌をしろ』という意味だと気づくまでに少しかかった。

「あ、はい」

古代は酌をした。沖田がその杯をかざしてくるので、自分のコップを出してカチリと打ち合わせた。

とにかくここは逆らわないことだと思う。勝てる見込みのない相手には降参するのが利口だろう。敗けるとわかっている戦いをするのが男の道でもあるまい。

沖田は酒をグイグイと飲み、古代を見て「そうか」と言った。

「古代、お前に弟がいたのか。ええと名前はなんだったかな」

逆らわないこと。「ススムです」

「そうか。良い名だ。古代、お前に弟がいたか」

「ええと……」

「なんだ。まずは飲め。男の話はそれからだ」

「はあ」

言って古代は酒を飲んだ。実に複雑な味がする。

沖田はウムと頷いて言った。「しかし古代、お前に弟がいたとはな。ええと名前はなんだったかな」

「ススム……」

「うむ、そうだった。良い名だ。お前に弟がいたとは。まさかその弟が、この船にやって来るとはな。ええと名前はなんだったかな」

「ススムです」

「そうだ。古代よ、本当なら、お前がこの船に乗るべきだった。そのお前に弟がいたとは。まさかその弟が、この船にやって来るとは、ええと……なんだったか……」

「ススム?」

「違う、そうじゃない。スタンレーだ。〈冥王星〉とお前が呼んだ星をわしらは越えたのだ。古代よ、見ろ。地球がもうあんなに小さくしか見えない」

沖田は言って窓に広がる宇宙空間を指差した。古代は「はあ」と応えてそちらの方を見た。

〈ヤマト〉の煙突の上あたりに明るく光る点がある。沖田は『地球』と言ったがもちろん酒の上の間違いで、見えるのは地球でなくて太陽の光だ。一光日も離れてしまうともう点にしか見えないが、それでも他の百万の星を合わせたほどにも強く光り輝いている。

その近くに、次いで明るい星がひとつ。北極星だ。さらに七つの明るい星が柄杓の形を取って宇宙に並んでいる。

北斗七星。地球はもう肉眼で見ることはできない。