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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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白色彗星帝国



昭和の〈大東亜戦争〉で、日本陸軍は最初の攻略目標をマレー半島の先に浮かぶシンガポールの出島に定めた。その向こうにマラッカ海峡が西への口を開けており、船が行くにはそこを通り抜けねばならない。ゆえに、この島の港こそ、日本を獲らんと網を投げる〈ABCD〉の漁師の網元であったからだ。

20世紀の前半まで、東南アジアは欧米諸国の支配下にあった。フィリピンはフィリピン人の国でなくアメリカの植民地だからアメリカのA。マライとビルマはブリテン(英国)のB。スマトラ、ボルネオ、ジャワ、セレベス、ニューギニアといった島々はオランダ人のものだっちゃからダッチのD。さらにベトナムやカンボジアはフランスのF……地図にはそれぞれの宗主(そうしゅ)国の頭文字が記されて、どこの土地でも中国系――チャイナのC――の〈のど斬り部隊〉と呼ばれる傭兵集団がその簒奪(さんだつ)を助けていた。

のど斬り部隊。刃向かう者の頚動脈を鉈で斬るからのど斬り部隊。つまるところはカネで雇われた山賊だ。原住民の村を襲って老人や幼い子供を殺し、奴隷として売れる者を選別し、彼らの雇い主である〈白面(はくめん)の御方(おんかた)様〉の館に連れて行く。これに逆らい、仇を討とうとする者がいるなら他への見せしめにのどを斬り、骸(むくろ)を野に晒していくからのど斬り部隊。

〈ABCD連合帝国〉。それはまさに彗星だった。世界の果ての陽の当たらない外縁部から、陽の出ずる中心目指して飛来する彗星。ウラヌス(天王)、ネプチューン(海王)、プルート(冥王)といった彼らの王に捧げるために〈エメラルドの首飾り〉を奪おうとする〈冷血帝国〉の白い恐竜。呪われし白イタチ。血も涙もない機械のような、〈伯爵〉だの〈男爵〉だのといった爵位を持ったヨーロッパ貴族の末裔。

白人だ。東南アジアは彼らから、〈エメラルドの首飾り〉と呼ばれていた。〈ABCD連合〉の拠点がシンガポールであり、次の狙いは日本だった。

イギリスでは百年前まで、アイルランドやウェールズやスコットランドの人間を奴隷にして使っていた。アメリカでは黒人を奴隷にして使っていたし、フランス人やオランダ人の貴族達もドイツやイタリアの平民を奴隷として使っていた。

ところがしかし、どの国も、19世紀に奴隷制度を廃止したので自国内では人間を死んでは買って死んでは買って死んでは買ってと働かせ、ガッポリ儲けることができなくなってしまっていた。

これでは一体なんのために貴族に生まれたかわからない。というので〈ロード(卿)》〉の称号を持つ者達は、東南アジアに殺到した。国を離れてアジアに行けば、人を奴隷に使えるのだ。焼印を押し、足枷や首輪を付けて働かせ、鞭で打ったりしてもいいのだ。死んだら別の奴隷を買い、女の奴隷が子を産んだなら他所へ売ったりしてもいいのだ。

いいな、いいな。アジアへ行こう。東南アジアは資源の宝庫だ。ゴムの樹液が採れる森や、コーヒーの木を植えられる山や、石油の油田や金銀ダイヤの鉱山なんかもたくさんだ。

そして、何より土人がいる。人食い人種が部族に分かれて殺し合い互いの肉を食っているとか――なんとあさましく野蛮な話だ。しかしそうでもしないことには、ウサギみたいに殖えてしまってどうにもならないのであろう。

ならば、ワタシが奴隷にして使ってやるのが彼らにとっても文明化の第一歩というものだ。中国人の華僑がこれを捕まえて、監督してくれるという。農園や鉱山で働かせ、逆らう者や逃げ出す者ののどを斬って見せしめとする。そうして犬を躾けるように土人を教育してくれるとか。

だから彼らにすべて任せればそれでいい。採れたものをシンガポールの港に集め、マラッカ海峡を抜ける船に積んでヨーロッパに送る。それも華僑が全部やってくれるであろう。我ら貴族はラッフルズのホテルで甘い酒を飲み、ダンスに興じていればいいのだ。

それが国際法であり、バチカンの法王の法だ。東南アジアのすべての命あるものは、血の一滴まで我らのものだ。よって日本も我らのもの――〈白い彗星の帝国〉を統べる者達はそう言い、高らかに笑っていた。シンガポールを要塞化して鉄壁の護りを固めたならば、ABCD連合の力は不滅となるであろう。日本という小癪な国を、必ず海に沈めてやる。原子爆弾なるものが出来ればそれも夢ではない――。

シンガポールは元の名前を〈プラウ・ブラカン・マティ〉という。意味は〈死の島〉。英語で言うならデス・アイランド。島は白人の卿らによって、まさしく要塞、〈デス・アイランド〉に変えられていた。巨大な大砲が幾門も、死角なきよう海に向けて据え置かれていた。港には超弩級の戦艦が常に何隻も停泊し、のど斬り山賊兵どもがあらゆるところで歩哨に立つ。帝国はとても強い。戦艦はとてもでかい。シンガポールは白色彗星帝国の要塞だ。やがて来るだろう日本の〈時代劇の武士〉どもを迎え撃つための要塞なのだ。

その島の護りはあまりに固いため、船で攻めるのは不可能とされた。ゆえに、作戦を任された参謀は一計を案じた。正面から攻められぬなら背中を取ろう。マレー半島北部から、南へ向けて兵を進ませ、シンガポールを背後から突くのだ。

その参謀の名前を辻政信といった。明治の世に白い顔の者らによって滅ぼされた〈時代劇の武士〉の再来。軍刀を手に闘う戦士だ。

そして、マレーにはもう一人、〈虎〉と呼ばれる男がいた。名は谷豊(たにゆたか)。日本人だが、マレーの人は彼らの言葉で虎を意味する〈ハリマオ〉と呼ぶ。家族でマレーに住んでいたが、あるとき華僑ののど斬り兵士に幼い妹を惨殺された。

その虐殺を指示していたのがイギリス人の植民地領主。白イタチ卿に他ならない。配下の中国イタチどもに、殺せ、殺せと笑い命じていたのだった。マレー人が野ネズミならば日本人はドブネズミだ。楽しく殺そう、薄汚いネズミどもを、と……。

その当時の白人種は、有色人種を人と認めていなかった。イギリス本国で貴族に生まれた人間が狐を見つけてやっていたのと同じ遊びを、東南アジアの原住民に対して彼らは行っていた。己の領地で女子供を見つけたら、撃ち殺して構わない。中国人の傭兵どもに後を追わせ、必死になって逃げる姿をゆっくり眺めて楽しみながら、銃で狙い撃ちトドメを刺すのだ。

そうして館に持ち帰り、剥製にして壁に飾り、客を招いてパーティを開く。ワインのグラスをかざして言うのだ。『見てくれ、これが今日の獲物だ。見事なものだろう』と――。

それが爵位を持つ者の特権。そのようにして谷の妹も、〈機械伯爵〉に殺されたのだ。

悪魔め、見ていろ――谷は妹の亡骸を抱いて誓った。おれは必ず貴様らをひとり残らず殺してやる。アジアに来た白いツラの者どもを皆殺しにしてやる、と。

そうして谷は、〈虎〉と呼ばれる男になった。日本人でありながらマレー人の匪賊(ひぞく)を従えるローグの長、〈ローグ・ワン〉だ。半島中を荒らし回ったが、しかし英国の力は強く、彼らだけでは〈デス・アイランド〉を打ち崩せない。せいぜい中に潜入して地図や情報を持ち帰るだけ……。