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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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けれどもそれを、日本の辻に渡すことができたなら。日本もまた、自分らだけで勝てはしないが、マレーの〈虎〉と力を合わせて向かいさえすれば〈白面〉は倒せる。イタチの根城シンガポールを落とすことができるはずだ。

そして1941年12月。海軍による真珠湾攻撃と時を同じくして、日本陸軍のマレー半島進攻作戦は開始された。マレー人民の協力を得て進む日本に英軍は至るところで敗れ散った。数においても兵器においても十倍の戦力を持ちながら、破竹の勢いで迫る日本にイギリス軍は抗し得なかった。

まったくのところ、それは勝負にもならなかった。イギリス本国では国王と内閣首相がラジオによって、戦って死ね、決して生きて捕虜にはなるな、英国人の誇りを持てと声を嗄らして叫んでいたが、遠く離れたマレーまでその電波は届かなかった。

聞いたとしてもひとりたりとも従う者はなかったろう。イギリス兵の中にそもそも日本軍と戦う勇気を持つ者などいなかった。中国人の雇い兵にただ『戦え』と命じるばかりで、自分は逃げてシンガポールへ行こうとするか、それができねば白旗を振って降参し、『命ダケハ助ケレクダサーイ、ドーカ殺サナイデクダサーイ、オ願イデース、オ願イデース』と見苦しく泣いて頼むばかりだった。

日本軍はその者達を捕虜にして、〈デス・アイランド〉を目指した。帝国はとても弱い。戦艦は何もしない。後に唄に歌われるように、大英帝国軍はマレーの〈虎〉と日本が持つ〈長い槍〉によってことごとく敗退した。海では戦闘機〈隼〉と、魚雷を抱いた〈一式陸攻〉が英艦隊に襲いかかり、その〈槍〉の力によって、〈女王陛下のナントヤラ号〉だの〈カントヤラ号〉といった名を持つ船を苦もなく沈めていった。

そして遂に日本軍は、〈デス・アイランド〉に突入する。要塞都市シンガポール。海に面する城壁に打たれている無数の鋲は、イギリスの奴隷となって死んでいった幾万というマレー人の体そのものだ。人柱に支えられた壁はどんな戦艦の大砲で撃ったところで貫けない。

ゆえに船による攻略は不能――けれども、しかしその壁は、同じ白人の帝国から英国領を護るためのものだった。アメリカ、オランダ、フランスといった国々ならば、マライを奪い取りたければ、国際法に基づいてまずイギリス本国に宣戦布告したうえで、船によって〈デス・アイランド〉を海から攻める以外にない。そうする限り決して砦は破れぬように造られていた。

だが、日本なら、槍を以て背中を突ける。マレーの〈虎〉の助けを得ることができるからだ。

マレー人にしてみれば、白人はみな白イタチだ。自分達を『野ネズミ』と呼んで獲って食らうイギリスイタチが、同じように呪わしいオランダイタチやフランスイタチに変わるだけだ。誰が内側から壊す話に乗るものか。

しかし、日本は違うはずだとマレーの人々は考えていた。まだこの時は信じていた。彼らは我らと同じネズミだ。頑張り屋の日本ネズミが白イタチとの戦いを助けに来てくれたのだ、と……。

彼らは日本の天皇と内閣首相が白人と同じ帝国主義者であるのを知らず、知ったときには手遅れだった。日本軍は遂にシンガポールに至り、谷豊がその命と引き替えにして教えた要塞都市の入口に雪崩れ込んだ。

イギリス貴族は最後のときまで傭兵どもを矢面に立たせ、自分達はゴルフに興じ、夜はラッフルズのホテルの中で楽団の演奏を聴きながら優雅にダンスを踊っていたが、やがてそれも〈ツナミ〉に呑まれる瞬間が来た。

白面卿(はくめんきょう)ラッフルズ。日本人を十二歳のガキだと呼んで嘲る男。辻政信は島南端の岬にそびえるマーライオン像の頭上にまでこの男を追いつめて、喉元に軍刀を突きつけ『NO』と叫んだ。イエスかノーか? 答はノーだ! おれは貴様を〈文明の父〉となどしない! それはサムライの道ではない! おれの力はこの世界に〈和〉をもたらすためのもの。おれは〈和〉の戦士、〈時代劇の武士〉だ。この地球をもう貴様ら彗星帝国のものにはさせない! 絶対にさせない! それがアジアの〈和〉であり地球の〈和〉だ! 貴様ら白面に滅ぼされた〈時代劇の武士〉をおれが復活させる。ここで! 今が帰還のときだ!

『リターン・オブ・ザ・ジダイ』……シンガポール陥落の日は、歴史の本にはそう記される。それは日本の誇りある〈和の戦士たち〉がこの世に戻ってきた日なのだ、と。

しかし〈機械伯爵〉どもは、復讐を誓いこう叫んだ。『アイル・ビー・バック』。いつか貴様ら日本人に〈審判の日〉を見せてやる――。

そして、実際にその通りになった。ミッドウェイでの転換を機に帝国の逆襲が始まると、日本軍は押され押されて遂に敗北のときを迎える。

三年半の虜囚の身に甘んじたイギリス貴族の復讐が始まった。戦争前には、『誇りある英国人は決して敵に背中は見せぬ。戦って戦って戦い抜いて、ひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ。それが英国の男だ』などと公言していたのはどこへやら、イザ日本がやって来ると彼らのただひとりとして銃を手にして戦う男などおらず、『降伏デース! コーフクデース! ニッポンノ皆サーン! 命ダケハ助ケテクダサーイ!』と泣いて叫んだ機械伯爵どもであったが、しかし捕虜となってみると、途端に態度をガラリと変えてふんぞり返り、アレコレ要求を始めていた。

『ワタシは優良なる白人。薄汚い劣等人種が気安く扱おうとするな。ワタシは卿であるのだから、ワタシに話しかけるときは〈サー〉を付けて丁寧に頼め。「サー、今日のお食事は何をご所望であらせられますか、サー?」という具合にな。無礼があれば全部帳面に付けておくから、後で覚えておくがよいぞ、醜いチビ猿めが。ワタシは労働しない。労働はした事がないのだ。ワタシに執事とメイド、それからヒマ潰しでできる簡単な管理職を用意しなさい』などと。

イギリスの上流階級に生まれる者はそういう育ちでそういう人生を送ってきているものだから、彼らは自分が普通で当然のことを言ってるものと考えて疑うこともなかった。

辻政信はこの者達を殴り、蹴り、ヤシの木に縛りつけて北緯一度の灼熱の太陽に晒し、夜はマラリア蚊の大群に血を吸わせるままにした。そうして朝に縄をほどいて這いつくばらせてから言った。『ああ、どうだ。もう一日おんなじことをやってやろうか』と。彼らはそれから言いつけに素直に従うようになり、鉄道建設現場などで人足(にんそく)として使われていた。

終戦後に彼らがまず考えたのはB級戦犯である辻への復讐。だがそれ以上に苛烈を極めたのがC級戦犯の追求だった。捕虜収容所で自分に荷物運びやら畑仕事をさせたやつらを生かしておかぬ。必ずひとり残らず殺す――そう誓った者らによってラッフルズのホテルは戦犯裁判所となり、何千という日本人が弁護士のいない法定に立った。

通訳がその者達に語りかける。「被害者のサー・アーサー・ヒルバーンは、アナタから大変な精神的苦痛を受けたと言っておられまーす。アナタがそれをやったという事実に間違いはありませーんか?」

「はあ、ええと……」

「イエスかノーで応えなさーい」

「ええと……いえす」