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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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滝壺



ドアを開けると、凄まじい轟音。そして振動が身を包んだ。古代は驚き、抱えていたファイルを落としそうになった。

音と振動。そして煙だ。充満する白い煙――しかしおかしい。火を燃やして出る煙とは何かが違うように思える。

その向こうに何か霞んで見えるもの。人だった。白地に赤と青コードの船内服を着たふたりの人間が、並んで置かれたデッキチェアをリクライニングさせて寝転ぶように座っていたのだ。古代に気づいたらしく何やら声を上げる。

だが聞こえない。周囲の轟音に声は完全にかき消されていた。

――と思ったら、青コードの服の男がデッキチェアの肘掛けにある何かの機械を操作する。

途端に音と振動は止んだ。青服の男は副長の真田だった。もうひとり、赤コードの男は徳川機関長。

「おお艦長。それに古代か。いいところに来たな。いま真田君が、この部屋の説明をしてくれてたんだ」

徳川が言った。沖田は「ほう」とそれに応えて、

「わしらも一緒にいいかね」

「もちろんだ。ちょうど椅子も四つあるしな」

言って横を指し示す。デッキチェアはなるほど四つ並んでおり、うちふたつは空いていた。

どうやら古代も付き合わなければならない状況のようだった。戸惑いながらもいちばん端のデッキチェアに腰を下ろす。

そうして前にあるものを見た。それでようやく、それがなんであるのかわかった。

滝だ。〈ヴァーチャル・リゾート〉の全周投影像なのだ。本物と見分けがつかないほどに精緻に再現された光景。それが今は滝を映していたのだった。

それも、途轍もない大瀑布。眼前に崖がそびえ立ち、水がドウドウと落ちている。

しかし、なんという大きさだろう。水の落差は百メートルもありそうだった。そしてまた、横にも広い。右を向いても左を向いてもずっとさきへ続いていて、水煙で果てがどこにあるのか見えない。

滝がそこまで巨大であるため、自分の周りにあるのが何かすぐにはわからなかったのだ。

煙のように見えたものは水煙だった。デッキチェアが並ぶ床の周りは滝壺となっており、煮え立った鍋のように水が沸き返っている。その上に散る細かなしぶきの煙。

陽の光にキラキラ輝き、古代の頭上に虹の橋を渡していた。古代はただ首をまわして周囲を見るばかりだった。とても本当はごく狭い部屋の中とは思えない。

「本当にここにいたらビショ濡れですがね」と真田が言う。「〈悪魔の喉笛〉と呼ばれる滝です。南米にある世界最大の〈イグアスの滝〉。落差80メートル。幅4キロのU字型の崖に大小270という数の滝が連なって落ちている。〈悪魔の喉笛〉とはその中心部――銀河で言う〈バルジ〉ということになりますか」

「ほほう」

と沖田。真田がまた肘掛けの機械を操ると、周囲の景色が切り替わった。同じ滝をやや離れた遠くから鳥瞰(ちょうかん)するものとなる。

真田は続けて、

「この滝は、まるで天の河銀河です。全体を見られる場所は地上にないので、一望するには空に上がらなければならない。ガミラスが来る前には遊覧タッドポールなんてものがあったようですが……」

「ほほう」

と徳川。古代もまた眼前に映し出される光景をただ圧倒されて見た。

真田が言う通り、それはまさに銀河だった。そうでなければ巨大なピザだ。丸いピザから何切れか取って歯抜けになったものからどろどろと皿にチーズが流れ落ちるようすをそれにたかろうとするハエになって見るようだった。

その中心にさっき古代が立たされた滝壺――真田が〈悪魔の喉笛〉と呼んだものがあり、水煙を巻き上げている。

そのせいでよく見えもしない。まさに銀河の中心部。〈バルジ〉と呼ばれる領域に見えた。そこから銀河の腕のように、ピザのチーズが溢れて皿を満たすように、渦巻く水が川の流れを作っていくようすが見える。

見えるが、やはり地上にいては、何もわからないだろう。それはあまりに巨大に過ぎるのもわかった。鳥の視線を持たなければ、全体像を把握できるようなもので有り得ない。

これだ、と思った。これが守(まもる)兄さんが『見る』と言っていたものだ。

〈でっかい海苔巻き〉。これがそうだ。天の河銀河系。この大滝を鳥になって眺めるように、銀河系を一望できる場所まで行って見てきてやる。

それが兄の言ってたことだ。ガミラスの侵略前に言っていた。この滝よりもさらにさらにでっかい海苔巻き。

直径十万光年の途轍もなく巨大な海苔巻き。それを最初に見る人間になってやるんだ。いつもそう言っていた。それが兄の望みだった。おれはそいつを代わりに遂げてやることができれば――。

そうだ、それでいい。おれはそれができればいい――古代は思った。そこで沖田が、

「うむ。滝なんていうものは、このくらい遠くから眺めてちょうど良いものだ」

「とにかく、なかなかのものでしょう。その他、〈絶景〉と呼ばれるものは、これで大抵見ることができます。ボリビアの〈ウユニ塩湖〉にベトナムの〈ハノン湾〉。中国の〈張掖丹霞(ちょうえきたんか)〉というやつなんかも……」

「ああいや、今日はこれでいい。しかし、どこのなんだって言った?」

「イグアスの滝。南アメリカ、ブラジルとアルゼンチンの国境です」

「と言うと、日本のちょうど反対くらいか」

「そうですね。夜にはマゼラン星雲が見れる……」

また機械を操作した。すると景色は、同じ場所の夜景に変わった。満月光に滝が照らされ、空は一面の星空となる。

さっきまで虹がかかっていた空に、天の河が代わりに白く横切って見える。滝の上にひときわ明るく輝いている星が見えた。

真田がそれを指差して、

「あれが〈アルファ・ケンタウリ〉。地球からいちばん近い太陽系外恒星です。我々は明日にもあれをもっと明るく見る場所に行き、すぐ後ろに遠ざけてしまう。その近くに四つあるのが南十字星ですが、それもすぐ十字には見えなくなる……」

「うむ」

「で、さらにその横になんだか赤く、打上花火が消えずに光っているようなのがあるでしょう。あれが〈イータ・カリーナ星団〉。地球で見える最も大きく明るい散光星雲です。別名〈オクトパス星団〉……」

「タコってことか」

「ええ、宇宙の大ダコですね。地球から八千光年。〈ヤマト〉はしばらくあのタコを斜め前に眺めながら宇宙を進むことになります。一日当たりのワープ距離を伸ばすたびにあのタコがどんどん大きく見えるようになっていく」

「ふうん。そいつは楽しみだな」

「ええ。あのタコを越えた辺りで、我々は天の河銀河を視野一杯に眺め見ることになるでしょう。あいつが言ってた〈でっかい海苔巻き〉……」

え?と思った。古代は横を見やったが、真田は沖田の顔を見て話しているわけではなく、投影された景観に眼を向けていた。だから古代には横顔しか見えない。

「イスカンダルの目的がたとえなんであるにしても、わしらにとっては力を試される航海になる」徳川が言った。「だが、サーシャは『星は〈命の館〉』と言った……」

「うむ」と沖田。

「真田君」徳川は続けて、「君はさっき言っていたな。人類はこの〈イグアスの滝〉も血で汚したことがあると……」