敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
「はい。18世紀です。〈イグアス〉とはこの地にいた先住民グアラニー族の言葉で〈壮大な水〉という意味だそうですが、入植したスペイン人はそのグアラニーを奴隷にし、南米各地で砂金採りなどやらせていました。スペイン王の部屋を金ピカにするだけのために……」
「それも結局はマゼランのためということになるのか」
「そうですね。その一方で、グアラニー族を救おうとしたのがキリスト教のイエズス会。フランシスコ・ザビエルが作った宗派です。世界に〈愛〉を広めようとし、民を奴隷化する者には武器を取って戦った。たとえ敗けるとわかっている戦いでも……」
「この滝を戦場にして戦い、敗けたと?」徳川が言う。「サーシャが地球のために命を懸けてくれたようにか」
「ええ。そう言っていいかもしれない」
「ふうむ。しかし日本人も、同じことをやっている。昭和裕仁に捧げるために、〈エメラルドの首飾り〉を奪おうとした……」
「マゼランがマクタン島でやったことです」
「どういうことなのだろうな。サーシャはやはり、わしらを試すつもりだったのだろうか。しかし、まかり間違えば……」
何を話してるんだろう。そう思いながら古代はふたりの顔を見ていた。真田も徳川も互いの顔を見ることはなく、眼は投影されている〈壮大な水〉の光景に向けたままだ。
が、そこで徳川が、古代の視線に気づいたように眼を向けてきた。そして言う。
「ああ、そうか。君は何も知らなかったな」
「ええ……」
「わしら三人は、生きてるサーシャに会ってるんだ。君は〈コア〉だけでなく、〈彼女〉の遺体もここに届けてくれたのだった。あらためてその礼を言わねばならん」
「うむ」と沖田。真田も首を頷かせる。
徳川は続けて、「わしは〈メ号作戦〉で、〈きりしま〉のエンジンをいじっとった。〈彼女〉はあの戦いの後、わしらが地球に戻る途中で船の前に現れたのだ。そして自分はエウス、ええと、なんだっけ……」
「エウスカレリア」と真田。
「それの遣いだと名乗った。わしはその時、〈彼女〉の話をじかに聞いた。そこにいる艦長や他の何人かと一緒にな。その時には、〈コスモクリーナー〉はすぐにでも地球に提供される話のように思えたが、しかしその後、いつの間にか、『〈コア〉をやるからワープ船を建造してマゼランまで』という話に変わっていた。そのいきさつについては知らん」
「なんですって?」真田が言った。「待ってください。そんな話はいま初めて聞きました。〈彼女〉はわたしには……」
「なんと言っていたんだ」
「いえ……『できるなら〈コア〉でなく〈コスモクリーナー〉を渡したかったができなかった』というようにだけ……」
「ふむ。『話が合わない』というわけでもなさそうだな。〈彼女〉は元々は、地球に〈コスモクリーナー〉をすぐに渡す考えでいたのか?」
「そういうことなんでしょうか。艦長……」
言って真田は沖田を見たが、
「いや、わしも徳川君と同じようにしか知らん」
「それでは……」
と真田が言う。そこで古代は、
「あの」と言った。三人のうち、赤コードの服の老人に眼を向ける。「徳川機関長」
「ん? なんだ?」
「質問してよろしいでしょうか」
「いいよ。なんだね」
「今〈メ号作戦〉で〈きりしま〉に乗っておられたと言いましたね」
「ああ。それで〈彼女〉に会った……」
「聞きたいのはそれじゃありません」古代は言った。「兄のことです」
「アニ?」
と言った。『〈アニ〉ってなんだろ。杏仁豆腐か何かのことかな』、とでもいうような顔をしていた。
「兄です。おれの兄さん……」
古代は言った。徳川の顔を見ていたが、その向こうで沖田の肩がピクリと動くのが目の隅に写った。
「知っているなら教えてください。おれの兄貴はどうして死んだんですか」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之