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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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閉まる扉



古代はデッキチェアを降り、沖田の後を追おうとした。しかし扉は目の前で閉まる。

そこに再びヴァーチャル映像が投影されて、古代はひとり谷底に取り残されたように感じた。〈壮大な水〉が落ちると呼ばれるその渓谷はあまりに長く巨大なもので、滝壺から少しばかり離れたところで周囲が切り立つ断崖なのに変わりはない。古代の眼には自分のまわりを囲むものが現実の光景なのか合成された虚像か区別できなかった。

それでもよく見れば、出口を示す標識と扉の開閉装置らしきものがある。古代も部屋を出ようとして、しかしそこで足を止めた。

振り返ると、徳川と真田が自分を見ている。その向こうに〈悪魔の喉笛〉。

「その……」

と古代は言った。徳川と真田は何も応えずに互いの顔を見合わせていたが、やがて徳川が「さて」と言い、よっこらしょといった感じに立ち上がった。古代の方に歩いてくる。

「あの……」

と古代はまた言った。違うんです、おれがいま艦長に言った言葉は――そう言おうとしたのだけれど言葉が出ない。言ったとしてもその後にどう続ければいいのかわからない。

そんな古代に徳川は、

「わかっとるよ。弾みで言ったんだろ」

と言った。向こうで真田が頷いている。徳川は続けて、

「そういうもんだ。肉親に死なれるというのは理屈で割り切れるもんじゃない。『この戦争で大事な人を失くしたのはお前だけじゃない』などと言ったところで始まらないさ」

「いえ……」

と言った。そうじゃない。違うんですと言いたかった。おれが本当に言おうとしたのは――。

なんなんだろう。わからなかった。あんな言葉じゃないのは確かだ。しかし――。

わからない。だから何も言えないでいた。そこで「だがな」と徳川が言った。

「沖田艦長も、君と同じ気持ちなのだ。いつかそれがわかるときが来るだろう」

それだけ言って、扉を開けて出て行った。古代は何も言えずに見送る。

後に残るのは副長の真田。デッキチェアの上で『どうしたものだろうか』と考える顔で古代を見ている。

そうだ、この人ならば、と思った。なんだかずいぶん頭のいい人みたいじゃないか。きっとなんでもよくわかってて、人に教えてくれる人間なのに違いない。

今もそのコンピュータのような頭脳でこの出来事を数式に変え、演算して正しい答を弾き出してくれるんだ。

で、言ってくれる。わかってるよ。キミの今の言動は心理学の用語で言うナントヤラのカントヤラで、沖田艦長に本当に言おうとしたのはペラペラペラペラペラペーラといったことであるのだが、しかしアレがコレしたために思いとは裏腹の言葉を口にしてしまったのだ。だがまあ、心配しなくてもいい。ワタシから艦長に話しておくから、とかなんとか。

古代はそう期待した。真田もデッキチェアを降り、古代の方に歩いてきた。脳の電子計算機がチーンと鳴ったようすは見えず、『サテどうしたものだろう』という表情を続けたままだ。

古代はそこで不安になった。ひょっとしてもうひとつ、軍隊ではよくある式の解決法を採る気だろうか。

『艦長に対してなんだ貴様の今の態度は! 姿勢を正せ! 歯ぁ食いしばれ! 根性入れ直してやる!』

と怒鳴って鉄拳制裁。副長てのはこんなとき、それをやるのが務めなのと違うのか。

それならそれで、という気もした。しかしそのどちらでもなかった。真田は古代の前で止まると、肩にぽんと手を置いてきた。

そして、ただそれだけだった。真田はすぐに手を離し、扉を開けてヴァーチャル・ルームを出て行った。後には古代ひとりだけが残された。