敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
冥王星を大きくしよう
「そうですか。それは何よりです」
〈ヤマト〉第一艦橋で沖田が言った。艦内では誰もがみんな、地球の地下東京で首相の石崎和昭(かずあき)が死に、その銅像が倒されたニュースに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)している。
のだが、今、それに続いて〈ぐっちゃん〉が晒し首になったという知らせが入ってきたのである。これを聞いたらクルーの誰もが手を叩き喜びの声を上げるだろう。沖田と共に艦橋に並ぶ者達もみな喜色を露(あらわ)にした。
『日本や東京だけではない。あらゆる国の街で内戦は鎮まり、治安は急速に回復している。これも君らが波動砲を使わずに冥王星の敵を倒してくれたおかげだ。ありがとう。本当にありがとう』
とメインスクリーンの中で、地球防衛軍司令長官の藤堂が言った。おっぱい都知事が死んだ話に比べたらどうでもいいようなものだけれども、地球人類滅亡の危機はひとまず回避されたのだ。あのまま行けばたとえ〈ヤマト〉が半年でイスカンダルから戻ったとしても、子供を産める女などいなくなっていただろう。それで存続不能となれば、そういうことになってしまったその日こそが〈滅亡の日〉。
そう言われたが、その危機は去った。それは地球の人々が〈ヤマト〉の力を信じたからだ。波動砲を使わずに〈スタンレーの魔女〉に勝ったからこそ成せた業(わざ)だ。
今、地球は〈ヤマト〉の帰りを、〈ヤマト〉の帰りだけを待っている。滅亡まであと340日とすれば、320や330日でなく一日でも早い帰還を――。
そのように希(こいねが)っている。しかし、なかには『あと310日で帰れ』と叫ぶ変な人間もいるのだった。
原口都知事の同類だ。冥王星で勝ったことで、ますます〈ヤマト〉よ出航から十一ヶ月、だからあと310日で帰れと叫び出しているという。地球よりも冥王星。あれを〈惑星〉にリバースする。そうだ。〈コスモリバース〉だ。必要なのはコスモリバース。〈クリーナー〉など要らんから、〈コスモリバース〉を持って戻れ。
彼らの内ではそんな話になっているとかいないとか。
「なるほど」と太田が言った。「冥王星の直径が五倍になれば〈惑星〉と呼んで何も問題なくなりますね」
『そうだな』と藤堂は言った。『まったくそいつらで、大きくすればいいんだよな。だからいっそそいつらを〈準惑星開拓団〉としてまとめて冥王星に送ってやって、二度と地球に戻らぬようにしてやれたらいいと思うのだが……』
「なったらなったで、結局そいつら冥王星から地球に石を投げるんじゃありませんか」
『そういうことになるかもしれんな』
「だからとにかく、都知事の原口を生かしておくわけにはいかない……」
『そうだ。地球をおっぱい星にはさせん』
藤堂は言った。別の画面に、地下都市のメインストリートをパンツ一丁で歩かされてる何十人かの男達が映っている。彼らは頭を坊主に刈られ、ハダカの体にひとりひとり、《私は『宇宙艦隊これくしょん』をやりました》と墨書きされていた。
縄で繋がれ、引きまわされる彼らに対し、市民がカメラを向けていたり、石を投げたり水をぶっかけたりしている。宇宙海戦で息子や夫を失くしたらしき人々が、手にした遺影を突きつけている。
森が言った。「宇宙艦隊これくしょん……」
『ゲームだ』と藤堂。『どんなものかわかるだろう。昨日までの地下都市では野放しになっていた。それをいいことにヲタクどもが……』
『いーじゃないのよ。たかがゲームなんだから!』
と画面の中で、パンツ男と共に繋がれ歩かされてる美少女型アンドロイドが萌え萌え声を張り上げる。心や状況判断力を持っていないロボットゆえに、街の市民がどんな眼で己を見てるか認識できずにいつものセリフをいつもの調子でまくしたてているのだった。
『あたしのご主人様がいつ誰に迷惑かけたって言うの? 「不謹慎」とか、「死者に対する冒涜」だとか、「遺族の気持ちを考えろ」とか、バッカみたい! わけわかんない! たかがゲームに何を本気で怒ってるのよ。そういう態度の方がよっぽどおとなげないんじゃないのかしらーん。大体、海戦に敗けるのは艦隊を指揮する者が無能だからで、マネジメントの問題じゃないの? 提督がマネージャーとして有能ならば味方をひとりも死なさずに敵に勝てるはずじゃない。それができずにオメオメと帰ってくる人間は、罷免して勝てる人間が行くべきなのよ。ご主人様があたしを信じてくれるように、信じる心がありさえすれば、それが必ず奇跡を生んで世界を救えるはずだと思うの。どうして人はアンドロイドに心がないとすぐ決めつけてかかるのかしら。敵に勝てると信じる心がない者に心があると言えるのかしら。そんなの何もわかってないし何も考えていないだけじゃーん』
普段であればこのロボットがおっぱいを揺さぶりながらしゃべる言葉に『その通りだ』と頷くのだろう〈ご主人様〉が、今はうつむいて泣きながら『やめてくれ』と訴えている。
「うーん」と真田。「これは、なんと言うか……」
「自業自得でしょう」と新見。
「あはははは」
と南部が笑ったが、他の者らが一斉に、『案外、こいつもそんなゲーム、やったりしてんじゃないだろうな』という視線を彼に向けた。
藤堂が言う。『ともかく、こんな状態だ。別にわたしがやらせているわけではないぞ。街が平和を取り戻せば、逆にこのようなことが起きる。それを止めることはできないというだけだ。むしろこの程度で済んでよかったと言うべきかもしれん』
「ははあ」
と島。藤堂は続けて言う。
『それよりも気がかりなのは……』
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之