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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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8:真菰



 宇髄が立ち去るのを見送る時間すら惜しいとばかりに前田に急かされて、炭治郎と禰豆子が義勇の手を引き撮影位置に戻っていく。それを後目《しりめ》に錆兎が煉獄に近寄っていくのを、真菰は視界の端でじっと見ていた。
 錆兎がなにか隠しているのは気づいている。宇髄となにか企んでるに違いない。
 そしてそれはきっと、義勇に関することだ。
 義勇を守るため錆兎が動くことに、異論はない。真菰にしても当然のことだ。けれどそれが「真菰を蚊帳の外に置いて」というなら、とうてい甘受などできっこない。
 視線の先では、錆兎に語りかけられた煉獄が、少し厳しい顔でうなずいていた。内緒話の声は聞こえないけれど、十中八九内容は義勇を探しているやつらのことだろう。
 錆兎の驚きは演技じゃなかったから、おそらく宇髄しか詳しい情報は得てないはずだ。だとすれば、煉獄も情報を知っているかの確認、もしくは万が一に備えての相談か。
 いずれにしても、なぜ自分を差し置いて一人で動くのかと、責めたい気持ちにはなった。
 責めずにいるのは、錆兎が守ろうとしているのが義勇だけでなく、真菰のこともだと知っているからだ。
 剣道の腕前だけなら、錆兎にだって引けはとらないと真菰は自負している。でも、女の子なのは変えようがない。
 男らしくが信条で、男ならばとこだわる硬派な錆兎にしてみれば、女の子である真菰は、義勇を守る戦友であるのと同時に、義勇同様に守るべき庇護対象なんだろう。
 それはもうしかたのないことだと、真菰は理解している。納得しているかと言われれば、断じて否なのだけれども、理解はできる。
 だから真菰も、おもてだって文句は言わない。その代わり、見のがさないと決意している。なにからなにまで錆兎と同じ感情を共有できたのは、もっともっと幼いころだけだ。今だって同じ気持ちでいることのほうが多いけれども、少しずつ差異が生じてきているのは感じていた。
 できるかぎり同じ気持ちでとの願いに変わりはないけれど、同じでなくてもわかってくれるならそれでいい。自分だって錆兎とまるきり同じ気持ちにはなれないかもしれないのだし、そのぶん、錆兎の気持ちをちゃんと理解できる自分でいようと思っている。
 だから今回も、錆兎が真菰を巻き込まないようにと配慮したことは、尊重する。でも、それに素直に従うかどうかは別問題だ。
 錆兎にだってわかるはずなのだ。真菰だって義勇を守りたいと思っていることも、錆兎と一緒にという言葉がそこには付随していることも。
 なにからなにまで錆兎に従うなんて、まっぴらごめんと真菰は思う。そうじゃなければいけないとも。
 だから真菰は視線だけで錆兎の動向を探りながら、ちょこんと禰豆子の隣に座った。
「錆兎ぉ、早くしないと撮影終わんないよぉ? 買い物に行くのが遅くなっちゃう」
 なにも気づかない素振りで声をかければ、あわてて錆兎が駆けてくる。
「悪い。急いで終わらせないとな」
「カレー作るの時間かかるかもしれないもんね。一度でOK出るように頑張ろうね」
 にっこり笑ってみせたら、錆兎も笑ってうなずいてくれた。真菰の反対隣りで禰豆子も「頑張ってきれいな花冠作るねっ!」とニコニコしてる。

 優先順位を間違えちゃいけない。まずは義勇や禰豆子たちの安全が最優先。それには早く撮影を終わらせなければ。

 なにしろ身贔屓抜きに言っても自分らは、目立ちまくっているに違いないのだ。とにかく顔がいい義勇や宇髄はどうしたって人目を惹く。煉獄だって男前だし、錆兎は言うまでもない。禰豆子や炭治郎もとっても愛らしい。自分はさておき、これだけ顔面偏差値の高い者がぞろぞろと歩いていたら、目撃情報なんてたやすく集まるだろうと真菰は冷静に考える。
 たしかに、宇髄の言うことももっともだ。うかつに動き回り、敵に情報を与えてやることはない。
 それなら、宇髄が戻るのをイライラと待つより、楽しい休日を謳歌しつつ撮影を進めるほうが、よっぽど建設的だ。
「誰が一番きれいにできるか競争しよっ。ね、錆兎」
 勝手に動こうとしたって見のがしてなんかやらないんだから。そんな言葉は顔には出さず、真菰はにっこりと笑った。


「マイクは入ってないから、好きにおしゃべりしていいですよ。自然な感じがいいんで、普段どおりに遊んでください」
 そんな前田の言葉に、錆兎がちょっとばかりげんなりした顔になったのを見て、真菰はクスクスと笑った。拒絶反応の理由はわかるけれども、滅多にない機会だ。錆兎にも笑顔でいてほしいから、真菰はつんつんと錆兎の腕をつついて顔を覗き込んだ。
「しかめっ面は駄目だよぉ? 錆兎だけ不機嫌な顔してる映画なんてつまんないもん。ね~、禰豆子ちゃん?」
「うんっ、錆兎くんもニコニコしてるのがいい! ね、お兄ちゃんもぎゆさんもそうだよねっ」
「義勇さんと映画に出られるなんて、これっきりだと思うし、みんな笑顔のほうがいいよなっ。義勇さんも笑ってくださいね?」
 にっこり笑う炭治郎に、義勇がちょっととまどってる。義勇には悪いが真菰も炭治郎の言葉には賛成なので、助け舟は出さない。錆兎もきっと同じことを思ってる。
 確かめるようにうかがえば、苦笑した錆兎と目があった。
 クフンと笑ってうなずきあったと同時に、前田のスタートの声がかかった。
「真菰、作り方教えてくれ」
「いいよぉ。あのね、こうしてね……」
 錆兎に自分の手がよく見えるように、肩を寄せて真菰はシロツメクサを編む。禰豆子のためのタンポポを手にした錆兎は、初めての花冠に真剣な顔だ。
 禰豆子も真菰用のシロツメクサの花冠を楽しげに編んでいる。
 炭治郎と義勇をちらりと見れば、自分たちよりももっと距離が近い。
 女の子のように横座りするよう指示されて、ちょっと義勇は不機嫌そうだったけれど、炭治郎が俺も義勇さんとおそろいで座ります! と、義勇にぴったりくっついてシンメトリーのように座ったものだから、機嫌はすっかり上向きのようだ。

 微笑ましいなぁと思うのと同時に、ちょっぴりあきれて、ちょっとだけ寂しい。

 互いにシロツメクサとタンポポの花冠の進捗状態を見せあいながら、ときどき禰豆子や真菰たちへと笑いかけてくる炭治郎と義勇に、真菰の胸はほっこりと温かくなる。
 寂しい気持ちはあるけれど、義勇は絶対に真菰と錆兎を忘れたりはしないでくれるから、それだけでうれしいと思う。
 義勇の一番大事な人は炭治郎になっちゃうんだろうけれど、真菰と錆兎のこともきっと、義勇は大事にし続けてくれるはずだ。大事なものの順番が変わっても、大事と思ってくれる気持ちが変わらないのなら、それでいい。
 錆兎と真菰に対して、そんなに急いで大人にならなくていいと義勇が思っていたとしても、やっぱり真菰は、こんなふうに笑い合える時間を守れるような大人になりたかった。

「できたぁ! はいっ、真菰ちゃんの!」
 満面の笑みで真菰の頭にシロツメクサの花冠を被せてくれる禰豆子に、ありがとうと笑い、真菰は作り上げた花冠を錆兎の頭に乗せた。
「はい、錆兎の。やっぱりシロツメクサ似合うね」
「そうか? 自分じゃわからん」