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POPO

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陽だまりダンス



 何しろ「彼ら」は大事な大事な「人柱」なのだからして。


 今日も今日とてお勤めご苦労様な事に、ウロボロスなる組織に属していらっしゃるラストさん(年齢不詳。女に年を聞くのはマナー違反よby本人)とおまけのグラトニーくん(くん…?)、そしていつでも勝手に遊撃部隊なエンヴィーさん(性別不詳、むしろ素顔不明)は「人柱」候補たる「彼ら」を監視していたりした。
「…ああっ、イライラする…!」
 真っ先に爪を噛んで苛立ちを露にしたのは、ラストである。
 彼女の視線の先には、寝起きばりばりのちまっとした少女だか少年なんだかよくわかんない人がひとり。
 ベッドの上で盛大に伸びをして、うーん、と猫の子のように唸っている。ついで大きな欠伸をひとつ、ふたつ。
 タンクトップから伸びる腕は無駄な肉がなく、特に二の腕なんか、あの憎ったらしいたぷたぷの影なんかありゃしない。伸びをしたせいでのぞいたヘソのあたりだって、いくら憎悪しても飽き足りないあの下っ腹のぽっこりなんて陰も形もありゃしない。白い肌には染み一つなく、だがにきびもない。大体、まだ「にきび」の年齢なのだ。「吹き出物」の年ではない。

 ―――若さ、ハツラツ!

 そんな感じだろうか。
 金髪は手櫛で撫でつければそれらしい形になり、大きな目と長い睫毛にはビューラーもマスカラも立体的アイメイクもお呼びではない。微かに赤味さす頬のばら色は御伽噺のよう、厚すぎることはないが、潤ってふっくらした小さな唇は愛らしいさくらんぼの色。けして熟れすぎたチェリーの色ではない。端的に言うなら「キスしたくなる唇」。どこの化粧品の宣伝か?
 ラスト女史も特殊な事情により老いとは無縁であったが、おぎゃーとこの世に生まれた瞬間から今の「妖艶なる美女」であったため、初々しい時代など皆無であった。同様の事情から彼女はダイエットやシェイプアップにも無縁であったし、アンチエイジング化粧品のご厄介になる必要もなかった。
 なかったが、しかし…。
「大体あの子寝る時だって髪は乾かさないし顔だってお湯でちょっとばしゃばしゃやるくらいだし当然化粧水なんてつけないしおまけに日に焼け放題のくせしてしみそばかすの欠片もないし…!」
 …人間社会の闇に古くから棲息していた彼女は、案外人間俗世界というか…特に人間の女性の思考に案外毒されていた。
「―――おばさんらしー思考だねェ…」
 そんなラストに、エンヴィーがにやつきながら言った。
「…誰がなんですって?」
 軽い仲間割れの予兆に空気が重くなる。と、グラトニーが言った。
「…おいしくなさそう…」
 この台詞に、思わずラストとエンヴィーは揃って窓の中の「おちびさん」を見た。

「………………………………………………………………」

 ぺたんこだった。

 ふたりはそれぞれ何となく黙りこんだ。
 誰が見ているかもしれないのに(いや普通立地的に屋根の上でもなければ見えないから考え過ぎかもしれないけれど)、おちびさん―――鋼の錬金術師たらいう厳つい銘を与えられた「人柱」候補は、それはもう豪快にタンクトップを脱ぎ捨て、ベッドに放ったところだったのだが。
 タンクトップ自体が要するに下着だ。
 ということは、その下は素っ裸である。
「…ちょっと、見てんじゃないわよ、エンヴィー」
「おばさんこそ女だからってやめなよ」
 ふらくみというふくらみは、どう贔屓目に見てもない。
 いや、もしかしたら、頑張れば、なんかそれらしいものはあるのかもしれない。
 …頑張れば…?
 それは大抵の場合、頑張らなくてもあるのでは。ついているのでは。
「…あの子いくつだっけ?」
「…十…三?四?五…?」
「全然アバウトじゃんそれ」
「うるさいわね。じゃあアンタは覚えてるわけ?」
「…ま、まあそれくらいだよね」
 ふたりはまたしても押し黙った。
 おちびさん―――エドは、タンクトップとまるでパンツで寝ていたため、下は脱がない。
 今はパンツ一丁で着替えをごそごそトランクから引っ張り出しているところだ。
「…先に用意しておきなさいよ…!」
「なんか、やってから考えるタイプだよね…何事においてもさ…」
 どうもエドの求める物はすぐに出てこなかったらしく、彼女―――そう、「彼女」は、パンツ一丁の格好で膝を丸めてしゃがみこみ、難しい顔をして頭をかいている。
 しばしそうしていたエドだが、すこしして諦めたらしい。
 やはりパンツ一丁で―――しかもなんか白の綿パン、色気のいの字もないパンツだ―――立ちあがると、「アルー」と弟を呼ぶ。
「えっ?!その格好で呼ぶの?!男女七歳にして机を同じうせずよ?!」
「…おばさん、いつの人?…ていうか、弟くんがどういう反応するか…」
 いくらぺったんことはいえ、いくら肉親(今現在アルに肉体はないが)とはいえ、上半身まっぱで弟呼びますか?
 どうするんだ、と何となく固唾を飲んで見守るふたりに気付くことなく(まあ気付かれても困るのだが)、エドは「アルー」と再び呼んだ。
「なに?」
 続き部屋から現れた鎧の弟は、難しい顔で腕組する姉を見て、…とりあえず瞬きする目が今はないので、一瞬言葉を失った。
「そうよねえ」
「…だよねぇ…」
 その反応に、ギャラリーふたりはいちいち頷いた。
 どちらも何しろ闇に隠れて長い時を生きちゃってるふたりなので。感覚が近所のおばさんと化している。…所がある。
「…こっちもおいしくなさそう…」
 まあ、鎧だしな…。
 そしてグラトニーの発言には、納得するだけで答えないふたり。
「タンクトップ、替えのが見つかんない」
 探して、という意味だろう。
 エドが言えば、はぁ、とアルは溜息をついた。
「…にいさん」
 姉の駄々(…)につきあって、弟が「兄」と呼んでいることは、監視のウロボロスのとうに知るところとなっている。だからこれについては特に疑問を差し挟まず、ただそのもったいぶった口調から、弟の説教だ、とふたりは息を飲んだ。

 …が。

「またそんな格好して。いくらあったかくなったからって、そんな格好でほっつき歩いてたら風邪ひくでしょう?」

 ラストとエンヴィーは、屋根から落ちそうになった…。

「違う!それは違う!弟くんそれは全っ然違うから!」
「どうなってるのあの子達の一般常識はっ!」
 …ホムンクルスに一般常識とか言われても…。
 ていうか勝手にストーカーばりの監視してる人から言われても…説得力が…。

「ひかねーもん!」
「はいはい。じゃあ兄さんはおばかさんなんだね」
「バーカ、風邪の時期以外でひいたらそっちが馬鹿なんだから、オレは馬鹿じゃないもん」
 ぷいっとエドはそっぽを向いた。
 腕を組んでいるお蔭でだろう、その胸には、申し訳程度のふくらみが発生していた。
 …本当に、申し訳程度に。
 なんだか危うい感じだ…と、エンヴィーは思った。
 今のうちから背中の肉寄せておけば胸が作れるんだからさぼるんじゃないわよそのうち垂れるんだから、とラストは思った。
「はいはい。…ちょっと、本当に探したの?あるじゃない」
 アルはさすがに慣れたもので、あっさり姉のやっぱり駄々を流すと(寝ぼけているのかもしれない)、トランクの傍にしゃがみこんだ。
作品名:POPO 作家名:スサ