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一線

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出合い頭、胸を真横一文字に切り裂かれた。

瞬間、静雄にはそれがわからなかった。そもそも、殴りかかった後に、逃げられることも、回り込まれ、懐に潜り込まれることも、経験したことがなかった。
なにかをされた、と、本能で悟った。なにか、の正体はわからない。ただ、胸をナイフで切り裂かれたことが、ありのままの事実で終わることではないのだと、それだけを理解した。

「ほうら、楽しいだろう?」
いやらしく歪められた口許に似合わず、透き通って気持ちの良い声だった。青空を連想させるような。切り裂かれた傷口が熱かった。鮮やかに真横一文字を描く紅の線が、静雄になにかを訴える。旧友である岸谷新羅が、楽しげに、今し方静雄の胸を切り裂いた、鈍く光るナイフをもてあそんでいる、黒髪短髪で細身の少年…、折原臨也と、静雄を交互に眺める。

夕闇の迫る高校のグラウンド、屍のように広がる、自分が殴り倒した数十人の同級生達も、もう静雄の視界には入らない。
どろりとした、赤黒い悪意が静雄を囲んでいた。

なにかが違うと思った。

これまで、自分と同世代の少年達が自分に向けてきていた敵意とは違う。磨き上げられていない、動物のような、だからこそ濁りのない、澄んだそれではない。折原臨也が放つ悪意は、彼の手に持たれるナイフのような鋭さと、歪められた口許に似た澱んで絡み付く粘着性と、透き通る声のような純粋さを併せ持っていた。
細い足首が視界の片隅でステップを刻んだ。追って来い、と、語りかけるそれに、頭で物を考えるよりも先に体が動く。

そうだ、追いかけなければ。
今しがた、自分は何かを奪われたのだ。何かはわからないけれども、そうに違いない。直感した。
取り戻さなければ、いけない。

***


それで…どうなったんだっけ?

朧気ながらも輪郭を捉え始めた視界を、静雄は何度も瞬きを繰り返して精度を高めようとした。だが、何度試みても、痺れるような感覚が体を支配していて、世界の形は定まらない。

諦めて、過去の記憶を辿る。臨也に導かれるまま町中を走り回り、飛び出してきた宅配のトラックにはね飛ばされた。以前にも似たようなことがあった。自分は殆ど無傷だった。だから、ただ、しくじったと思った。追いかけっこに負けたことが悔しい、と、静雄にとってはそんな、子供の喧嘩の延長線上にある出来事だった。
軽い目眩を起こして一瞬意識を手放したのち、衆人監視の中目覚め、岸谷新羅の家に向かった。良くも悪くも常人では測れないレベルの静雄の体を、解剖マニアの新羅がいつも解体したがっていたことを思い出したからだ。解体されてやる気は更々無かったが、採血くらいなら構わない。代わりに治療代をタダにして貰おうと、そんな単純な考えだった。

折原臨也がそこにいたのは完全に予想外だった。視界にいれた途端に静雄の怒りのメーターは再び振り切れた。手近にあったドアを外して抱え上げた時に…。
入学式の日、再会した新羅と話していた、黒一色のライダースーツと、奇妙な形のヘルメットを被った少年に止めにはいられた。
静雄の認識では、この時点でのセルティは少年であった。華奢な体つきと、性を感じさせない、浮世離れした佇まいから、そう判断していた。一たび怒りを覚えれば止まることのない静雄だったが、セルティの無言の制止は不思議と頭に入った。ただし、それも刹那のことであったが。抑え切れない衝動のまま足を踏み出した。が、しかし、急激なめまいに襲われる。
静雄の腰に、注射器が刺さっていた。
「困るなあ、俺とセルティの愛の巣を破壊しないでよ」
それは恐らく、麻酔だったのだろう。まったく悪びれない、無邪気な笑顔で、半透明の筒の中の薬品を静雄の体内に注ぎ込み、針を引き抜く新羅。意識が遠のいた。

「頭に血が上るのが早い分、薬物の利き目も早いのかな。あ、壊したドアの弁償代は、今回は特別に、君の血液でチャラにしてあげるよ」
霞みがかる意識の端で、そんな台詞が聞こえた。

***

「つまりここは…新羅の家か」
口に出して呟いてみる。落ち着いたトーンの、値が張りそうな家具の並ぶ薄暗いリビング。自分が横たわっているのは、ソファだろうか。足元に目をやると、肘掛けらしきものと、その向こうに観葉植物の緑が見えた。空気清浄器のファンが回る音が聞こえる。自分がいるのだろう一画、十畳ほどのフローリングのスペースに照明の灯はなく、カウンターひとつ隔てたキッチンから漏れるわずかな光だけが、周囲のものに形を与えていた。
静かだった。
静雄は寝返りをうとうとして、だが動けなかった。軽くゆするような身動ぎだけをして、首をひねる。辿っていった記憶をもう一度繋げ直す。

新羅って、ホモだったのか。

反芻した台詞と場面を繋ぎ合わせて、静雄はそんな結論を出した。この誤解が解けるのはあと数年は先になるが、静雄はそういったことに頓着しない質で、噂話を流す趣味もなければ流す友人関係も無かったので、特に問題にはならなかったが。
「起きたのかい」
頭上からふりかかってきた声に、また、怒りが振り切れそうになる。いっそ不気味なほど澄んだ、透明なガラスのベルを鳴らしたような、そんな声。
「おりはら…」
「イザヤ。だよ、静雄くん」
起き上がって、声の主をたたきつぶそうとした。だが、麻酔の残る体は言うことを聞かない。臨也は、静雄の横たわるソファの横に、更に椅子を置いて座りながら、その頬に、そっと、細く優美な指を滑らせた。
「擦り傷と打撲だけか。骨の一つも折れてないらしいよ。なんなの君、鉄人?」
「てめえは…なんで…」
聞きたいことは幾つもあるようで、全くないような気もした。何故、突然自分に切り付けてきたのか。疑問に思わないわけではないが、どうでもいいとも感じていた。
くくく、と、耳障りな笑い声。
「麻酔が利いてて良かったよ。俺も少し無茶したからね。いま、あの怪力で殴りかかられるのは困るな」
細い指が、静雄の金髪の一房を軽く摘んだ。
「いつ染めたの?高校デビューってやつ?かっこわるいなあ」
臨也の発言には、髪を染める以前の静雄を知っていることが匂わされていたが、静雄は意に介さなかった。ただ、ふつふつと、怒りだけが煮えたぎる。
「いざや…てめえは絶対ぶち殺す」
「あはは、怖い怖い」
指先が、静雄の鼻筋をなぞった。
「楽しかっただろう?」
気がつくと、息がかかるほど間近にその顔があった。大きく切り裂かれた傷口ような、さかさまの、半月状の口が、静雄の目玉を覗きこむように、飲み込むようにうすく開いていた。やがて歪んだ口はスライドし、切れ上がった目元が、静雄の眼球の真上までやってくる。
「そんなわけねえ、俺は、暴力が嫌いだ」
「そうかな、そうかな?」
うっすらと細められる瞳。
「なあ、君に傷を付けられた人間は、どれだけいる?一番大きな傷口は何センチだった?俺がつけた傷は、その歴史の中でも、最も大きくは無かったかな」
「知るか…」
そう応えながらも、静雄は、無意識に、指先で自分の胸の跡を辿っていた。大きく真横に刻まれた一文字。屈辱以外の何ものでもない。確かに、こんなに鮮やかに、大きく傷を刻まれたことは無かった。
「楽しかっただろう」
作品名:一線 作家名:さわたり