うみねこ島の夜
大人になったんだ。よくもわるくも。
サンゴロウはいつもふらふらしているし、俺は俺で仕事が忙しいので、こうしてゆっくり顔を合わせるのは久し振りのことだった。相変わらず病院の中に入るのを嫌がるサンゴロウに引きずられ、結局中庭のベンチに落ち着いた。春から初夏へと移り変わる時期とは言っても完全に陽が落ちるとまだ肌寒くて、俺は白衣の合わせを寄せて身震いした。紅茶は、喉と胸の内側しかあたためてはくれなかった。サンゴロウはそんな俺の様子を見て、ふ、と目元を綻ばせた。
「寒い?」
「寒いよ…なんで院長室じゃいけないんだ」
「苦手なんだよ」
「…俺の部屋でも?」
「おまえの部屋でも」
俺はそんなことはわかりきっていて、サンゴロウもそれを承知しているので、自然と冗談みたいな調子になった。それに合わせて大袈裟にため息をつくと、サンゴロウは喉を鳴らして紅茶をあおった。なぜだかわからないけど、今日は特別機嫌がいいらしかった。空気は澄んでいて、星がよくみえた。素敵な夜だ。寒いけど。俺がじっと空をみていると、隣の黒ねこもそうして見上げて、きれいだな、と呟いた。ああ。きれいだ。
「久し振りにこんなにちゃんと星をみたなあ」
「忙しい証拠じゃないか。いいことだよ」
「…医者が忙しいのは、一概にいいこととは言えないだろ」
「それもそうだな。……ナギヒコ」
ん、と顔をサンゴロウに向けた。サンゴロウは夜空を見上げたまま、俺はほとんど毎日空をみてるよ、と言った。海の上での話だ。
「それでも、やっぱり、空はきれいなんだ。夜も、昼も。朝も」
「……そうか、」
「うん。天気が悪くても、きれいだよ」
サンゴロウがあんまり空をみつめたまま話を続けるので、俺はこのねこのすぐ隣にいるのにひどく心細くなってきた。気が付いたら、サンゴロウ、と声とは言い切れないほどの声量で呼んでいた。振り返らないんじゃないかと思ったけど、サンゴロウはちゃんと、なに?と言ってこっちをみた。ひどく安心した。