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ベンチで会いましょう

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西口公園の、日向にある小さなベンチに腰掛けて、平和島静雄は煙草に火をつけた。
そのベンチは最近静雄の指定席になってしまっていて(たとえ先に人が座っていたとしても静雄が近づけばそそくさと逃げていくのだ)、静雄はいつも左側に座ってたばこをゆっくりと吸う。
なぜかと問われれば、そこには静雄の話し相手が『いる』からだ。
「よお竜ヶ峰。相変わらずか?」
右側の誰もいない空間に向かって、静雄が小さくそういえば、そこにはいつの間にか中高生くらいの少年が座って、穏やかに静雄を見つめていた。
『はい、静雄さん。残念ですが変わりはないようです』
「そうか、まだだめか」
『はい・・・』
少年は、白と緑のジップアップにジーンズ、ななめ掛けの鞄を持っていつもこのベンチにいる。
いる、というのは的確な言葉ではないかもしれない。
竜ヶ峰帝人・・・仰々しい名前だが本名らしい・・・は、幽霊である。





静雄と帝人の出会いは、春にさかのぼる。
4月といえば年度初めに入学式直後と言うこともあって、街全体が浮足立つ季節だ。気温も過ごしやすくなるし、花も咲く、そうなれば人間、どうしたってわくわくせずにはいられないだろう。だが平和島静雄にとって、新参者のあふれるこの春と言う季節は、全体的に心地よいものでは決してなかった。
まず、静雄を知らない人間が大量になだれ込んでくるのだから・・・たとえば喧嘩中に静雄を止めようとしたり、喧嘩が強いと分かれば名前をあげるために喧嘩を吹っ掛けられたりと、静雄にとって頭に来るようなことが多くなる。いらつく。
そんな中でわずかな癒しを求めようにも、友人のセルティは新羅に付き合って花見だとか旅行だとかで留守がちで、話をする相手も確保できない。それなのに天敵はちょこちょこ顔を出すし、借金取り立ての仕事は春の住宅入れ替えラッシュで行方不明多数、踏んだり蹴ったりとはまさにこのことであろう。
その日も静雄は苛立ちながら公園のベンチに座って、缶コーヒーを飲んでいた。と、その時、隣から小さな声が聞こえてきたのだ。


『うわあ、桜が綺麗だなあ・・・』


東京の桜は、3月の間にほとんどピークを終える。4月初旬とはいえ、残っている桜はわずかで、しかもほとんどが散ってしまっていた。だがその中で、そのベンチの真ん前にある桜だけは、いつも4月にピークを迎えるのだ。
声に釣られて見てみれば、確かに今が満開の桜は1本だけ美しく、春の訪れを謳歌しているようだった。
「綺麗だな、ほんとだ」
思わず口にしたのは、無意識だった。静雄とて知らない相手に話しかけるほど不躾ではないつもりだ。しかし自分でも気付かないうちに口に出してしまっていたことに気づいて、思わず静雄は口をふさいだ。
恐る恐る、隣を見る。
すると隣では、同じように恐る恐る、こちらを見つめる童顔の少年がいた。
目が合うと、気まずさに、どうしたものかと静雄はサングラスを外して少年を見たが、少年は信じられない物でも見たかのように静雄を凝視していた。不思議に思ったが、自分を平和島静雄だと認識したからだろうか、と納得しかけて、その少年が人間ではないことに気付いた。
『あ・・・あの!僕が見えるんですか!?』
「あ・・・ああ」
目をキラキラさせて静雄に詰め寄った少年は、肯定の返事を聞くと一瞬満面の笑みになり、その後気が抜けたようにぼろぼろと涙をこぼしたので、静雄はおかげで貸してあげられないハンカチを片手に右往左往することになってしまったのだった。






思えばあの時声をかけて、よかったのかもしれない。
静雄は隣で小さく体を丸めている帝人を見ながら、そんなことを思った。
小さいころから妙なものを見ることが多かったが、実を言うと、帝人ほどはっきりと目にするのは初めてだった。それに会話ができるなんて思ってもみなかったわけで。
『静雄さん、猫が』
「ああ、お前がいると寄ってくるな。猫は見えるって言うからだろ」
『可愛いですね、猫』
「だな」
帝人の話す声とテンポが、静雄にはやけに心地よかった。それに相手は幽霊だから、触っても壊すことはない・・・というかまず触ることができない。それに帝人には話せる人間が静雄しかいないからなのか、会うときはいつも笑顔で接してくれるので、それが静雄には新鮮だった。
いいもんだよな、笑ってもらうって。
普段人間には、こう屈託ない笑顔を向けられることがあまりないせいか、帝人の笑顔を見ると癒されるような気がするのだ。天敵と殺し合って荒んだ心に、帝人の笑顔は心地いい。いつしか、ここに来て帝人と話すことが、静雄の日課にさえなっていた。
「あっちこっち、歩き回ってみたんだろ?ちょっとでも気になるところはねえのか?」
『そうですね・・・いろいろ歩いては見たんですけど、いまいちどこもピンと来なくて』
「不便だろ、記憶喪失ってのも」
『・・・そうですよねえ』
はあっとため息をつく帝人は、その通り、自分の名前以外は何も覚えていないと言う記憶喪失の幽霊だった。静雄と会ったその日も、ここはどこですか、なんでぼくはここにいるんでしょう、と静雄に質問を繰り出したくらいに。
しかしそんなことを問われても、東京池袋の西口公園だ、としか答えようがなく、名乗ってもらった名前も、静雄の知っているものではなかったので、結局何も答えられなかったのだが。
そんなわけで帝人は、静雄とあっていない時はそこらじゅうを探し回って、記憶の断片を探している・・・らしい。
「一応俺の知り合いにも当たってみたが、誰もそんな名前は知らねえってよ」
『そうです、よね。一度聞いたら忘れられないようなインパクトの名前なのに・・・』
帝人はため息をつくが、静雄はこのままでいいんじゃないかと少し、思っている。記憶を取り戻した帝人が、場所を移動してしまったり、成仏してしまったら、静雄のこの小さな癒しは失われてしまう。だがそんな風に思うのは、さまよえるこの少年にとっては迷惑なことなのだろうけれど。
まずいな、最近荒れているせいか、竜ヶ峰と会うのが楽しみになってきてやがる。
「あー、まあ、そう焦るな。そのうちちゃんと思い出すだろ、大丈夫だ」
しょんぼりとした表情の帝人の頭に手を伸ばし、実際には触れないが、静雄は撫でるようなしぐさをして見せた。彼にずっとここにいてほしいと思うのは本音だが、だからと言って、そんな顔をさせたいわけではない。
『・・・はい、そうですよね。焦らずに・・・』
うんうん、と小さく頷くその姿は、まるで小動物のようだ。可愛いな、と思わず小さな微笑みが漏れる。
「あー、それに、もし記憶がそのまま戻らねえなら、お前、うちに来るか?」
『え!?』
冗談のように言った言葉に、帝人がはじかれたように顔を上げた。
「あ?」
そこまで驚かれるとは思っていなかったので、静雄も驚く。同じような顔で目を合わせていたら、帝人が見る見るうちに顔を赤くして気まずそうに目をそらす。
「竜ヶ峰?」
どうした?と問えば、彼は、天然ってこういう人のことを言うんだなあ、と感慨深そうにつぶやいて、頬を両手で隠すようにする。
『・・・実際僕が、静雄さんの家について言ったら、静雄さん、ご迷惑でしょう?』
作品名:ベンチで会いましょう 作家名:夏野