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金糸を梳く指

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「ほたるのバカ!もうお前なんか知らねー!!」
アキラは突然そう言い放つとほたるをその場に残して何処かへ走り去ってしまった。
「…なに、あれ」
もとはと言えばアキラが悪いんじゃないの、とほたるは内心怒りを覚えながら呟いた。
「オレも知らないっと」
そう言ってぷいっとアキラの走り去った方向と逆に体を方向転換するとスタスタ歩き去ってしまった。


そんなほたるの様子を木陰から覗き見していたアキラはその背をもの悲しげな視線で見送っていた。
アキラは大して遠くに行かないで近くの木陰に身を隠していたのだった。ほたるの姿が完全に見えなくなるとアキラは大きな溜息をついた。
「…そりゃ、自分でも馬鹿だとは思うけどさ」
きっとほたるには自分が何で怒ったのかすら分かっていないだろう。分かってもいない相手に怒りをぶつけた所で虚しいだけ。でもやっぱりほたるが悪い。絶対に。
「大体あいつはぼけーっとしてるから!だから悪い虫に引っかかったりするんだ!!」
先ほどの怒りが蘇り、アキラは言われた本人が聞いていたらそれはお前だと即返されそうなことを叫んだ。

 +++

一方その頃のほたるといえば。
変わりなくスタスタと歩いていた。当然目的地など無い。
「おいほたる。どうしたんだ、その髪?」
河原近くを通りかかった時、魚を大量に抱えた梵天丸がほたるの髪を指差しながら話し掛けてきた。
「髪…?」
ほたるは梵天丸に言われて自分の髪の毛を見る。
別に変わった事などないが…。
「…がどうかした??」
まるで分かってない様子のほたるに梵天丸は呆れたように
「ぼさぼさじゃねえか。三つ編みしないのか?」
と言った。
「あー…うん。して貰ったらアキラが怒って解いてどっか行っちゃった…」
「へ?アキラが三つ編みしてそれで解いたのか??」
微妙に主語の抜けたほたるの説明に梵天丸が再度たずねる。
「ちがう。してくれたのは女」
「女!?」
「うん」
あちゃ~…と梵天丸は額に手をやった。
そりゃ怒ってアキラが髪の毛を解くなんて行動をとるのも分かる。

ほたるはそんな梵天丸の様子を気にも掛けずに一人話し続けている。
「…で、川に顔洗いに行ったら女が洗濯してて、髪の毛掃除してますよーって言って三つ編みされたの」
「アキラにもそう言ったのか?」
「うん。あ、ちょっと違うかも。とにかく知らない女にされたってことは言ったかな?」
梵天丸はほたるの肩にガッと両手を乗せると
「ほたる。そりゃお前が悪いわ」
とほたるの目を見てハーと息を吐き出しながら言った。
「…?何で」
一向に分かろうとしないほたるの様子に梵天丸は心底アキラが哀れだと思った。
「例えばな、アキラが狂の髪の毛を三つ編みしてたとするな。どう思う?」
(三つ編みした狂なんか見たら笑っちまうけどよ)
一瞬想像し掛けてしまったその姿に浮かびそうになった笑いを堪えながらほたるに問うた。
「そんな事、狂が許す筈無いじゃんか。有り得ない」
「だから!例えばっつっただろ!!」
「え~?あ~…」
アキラの手が誰かの髪を結わう…?オレ以外の、誰か……。

ムカッ

「…ヤだ」
「だろ?だったらアキラが何で怒ったかも分かるだろ…?」
アキラが怒った理由。しばし考え込んでいたほたるの出した結論は
「……分からない」
であった。
「だ~~!オメーは何で嫌なんだよ!!」
「え、だってアキラはオレのだもん」
臆面も無く所有物宣言する天然ほたるに梵天丸は本気の殺意を覚えた。
「ったく!な~んで俺様はこんな役回りばっかせにゃならんのだ!もう止めだ止め!ほら、恋のお悩み相談は此れまで!!後は本人に聞いてこいっ」
梵天丸はそう言い捨てるとほたるをガツンと殴り夕飯の食材探しの旅に再び出たのだった…。

 +++

「狂…」
「あ?アキラ。何泣きそうな面してんだよ」
「別に泣きそうな面なんかしてねーよ…」
アキラは狂の言葉に反論するが、その声には力が無い。
大方いつもみたいにほたるが原因だろうと
「べそかくんなら俺んとこじゃなくてほたるんとこ行け」
と酒瓶を持った腕を振り痴話喧嘩の相談はお断りとばかりに素気無くあしらう。
「…ね、狂。三つ編みさして…?」
「は…?」
一瞬狂は自分が耳にした言葉が信じられなかった。俺様が三つ編みだと…?
「…ふざけんじゃねーぞ。何でおれ様が三つ編みなんかするん…」
「いいからさせて!!ね、お願いだから!」
狂が全てを言い終える前にアキラは狂の髪の毛をむんずと掴み懇願する。
今にも泣き出しそうなアキラの表情に、今日のところは逆らわずに好きなようにさせてやるかと
「……最初で最後だからな」
渋々折れてやった。
「うん!」
アキラの顔が明るくなった事にほっとしながらアキラを泣かせた(未遂だって;)ほたるに今度泣かせたらただじゃおかねーと狂は怒りを燃やしたのだった。

 +++

何、あれ……。
目の前で展開されている『有り得ない』光景にほたるは茫然と佇んだ。
「狂の髪の毛って結構硬いね。でも指の通りは良いんだな~」
「あーそうかい。俺は女じゃないんで髪の手入れなんざしてねーけどな」
どう見てもいちゃついている様にしか見えない仲睦まじい二人の様子にほたるは無表情ながらも不機嫌オーラで蜃気楼が見えそうなほど空気を揺らめかせる熱気を放っていた。
「…狂、アキラから離れて。でないと燃やすよ?」
刀だけでなく瞳にも炎を燃え滾らせてほたるは二人の方へと近づいて行く。
「ばっほたる!狂に手を出したりしたら絶交だかんな!!」
「…ブラコン」
ぎゃんぎゃん喚く二人に、
「痴話喧嘩するなら俺は向こうに行かせてもらうぜ。巻き込まれるのは御免だからな」
と言い残して狂は早々に退散した。鬼目の狂をも退ける二人の痴話喧嘩。合掌。

 +++

あとに残されたほたるとアキラはと言えば。
沈黙していた。怒り故に。
先に口を開いたのは意外にもほたるの方だった。
「……アキラは何でさっき俺にあんなに怒ったの?」
「だったらほたるこそ何で俺が狂の髪の毛を結ってるの見て不機嫌になったんだよ?」
両者、一歩も譲らず。そして再び沈黙。
「……」
「…ねぇいい加減だんまりやめたら?」
「ほたるが俺の質問に答えたらな」
「質問したの、俺のが先」
「……」
アキラはだんまりを決め込んだらしく、ほたるが先に言わないと何も言わねーと腕組をして地面を睨み付けている。
仕方なく、再びほたるが先に口を開く。
「ムカついたから」
「…は?」
「俺が怒った理由」
ほたるの省き過ぎの一言にアキラは一瞬あっけに取られた。自分と同じ?
「オレも」
「なにが?」
「ムカついたから」
「…そっか」
ほたるは先ほど梵天丸に言われた言葉を思い出していた。

ムカついたから。何故?
それはもちろん、自分以外のやつがほたるの髪を結うのが嫌で…。
それはもちろん、自分以外のやつがアキラに髪を結ってもらうのが嫌で…。
だから……。

「ごめん」
ほたるの素直すぎる謝罪にアキラは目を丸くした。
「いや…オレこそごめん」
鼻の下を擦り照れくさそうな表情を浮かべながらアキラも謝罪の言葉を口にした。
作品名:金糸を梳く指 作家名:ショウ