不機嫌な訳
「やっぱりアキラは狂の方が好きなんだ…」
「はあ?」
ほたるの唐突な話題転換にアキラは思わず目を丸くした。
「一体、何をいきなり…」
「絶対にそうだ」
アキラの言葉を遮り、ほたるは断定口調でそう告げると酷く恨みがましそうな目付きでアキラを見た。
「根拠は一体何なんですか?」
こんな話題は早く終らせてしまいたいと思ったアキラは溜息交じりで仕方なしにそう尋ねた。
「だって俺と二人っきりの時だって狂の事ばかり話すし。今だってそう。一体何回『狂が』って言って話し始めれば気が済むわけ?」
「それは……」
今さっきまでの分だけでもうこんかい、とほたるは両手を広げて10回以上だと示す。
確かに自分が狂の事ばかりを話しの引き合いに出しているのは認める。
その回数が尋常ではないかもしれない…という事も認めざるを得ないだろう。
だが、それも何の理由もなくそうなってしまっている訳ではないのだ。
四聖天だった時からもう四年近くも経っているのだ。
互いにその間、どのような時を過ごしてきたかなど皆目見当もつかないのは当然の事だろう。
其処で自分達が共通で話せる話題に―狂の事に―偏ってしまうのは致し方のない事ではないか。
「ほら、着いたよ」
ほたるはアキラを引っ張って前へ押し出すとその手を離した。
ほたるの熱を失った自分の手の平が酷く冷たく感じられ、まるでその熱こそが自身の灯火なのだと体現しているようだった。
「どうした、二人とも」
「一体何処をほっつき歩いてたんだ?」
畳の上に酒瓶を数え切れないほど転がし、殆どそれらに埋もれるような格好で狂と梵は突っ立ったままの二人に目をやった。
「迷子を連れてきただけ」
ほたるはどうでも良さそうにそんな受け答えをした。
「まいごぉ~?」
梵は胡散臭そうに眉を顰めまた濃くなりかけてきた髭を擦ると大げさに驚いて見せた。
「おいおい、迷子はお前さんの代名詞だろ?ほたる。いっつも人の話しを聞かずにふらふらして……」
「聞いてるよ。聞いてても覚えてないだけ」
「尚更ダメじゃんか」
ほたるの全く意味のない反論に梵はすっかり呆れ顔だ。
「おいアキラ。どうかしたか?」
いつもならほたるに迷子などと言われて黙っている筈の無いアキラが何も言い返さないのを訝しく思い、狂は少し心配になって声を掛けた。
「アキラ、せっかく狂が話し掛けてくれたんだし、何か言ったら?」
ほたるのその声は酷く突き放して聞こえた。
必死に我慢していたアキラを傷め付けるのに、それは十分過ぎるほどであった。
「……って」
「なに?アキラ」
くぐもったアキラの言葉が聞き取れず、ほたるは屈み込んで自分の耳を俯いているアキラの口元に寄せた。
平生の彼らしからぬその様子に、酒を飲み交わしていた年長者二人も少し神妙な面持ちでアキラを見守った。
「だってほたるがオレのこといらないって…!」
昔の口調に戻ったアキラは俯いていた顔を上げて力一杯叫んだ。
ズルッ
「おいおいおい…」
「何だ、そりゃ」
小さい頃から見守ってきた彼が酷く思い詰めた様子であったのでいつも放任している二人が珍しく心配したというのに…その理由がなんとまぁ。
ようするに、アキラとほたるが大して珍しくもない痴話喧嘩を繰り広げていた、という事らしい。
「そんなこと言ってない」
心外そうにほたるは不機嫌さを含んだ声でアキラに反論した。
「言ったってば言った!!」
「オレはアキラは狂の方が好きなんだって言っただけ」
「普段忘れっぽいくせになんでこんな時ばっか覚えてんだよ!」
「だってアキラ、さっき否定しなかった」
「それはっ!…そりゃ、狂の事ばかり話してたのは認め…ます」
アキラはそこまで一気に言うと呼吸を整え、口調を戻して言い難そうにその理由を説明した。
「でも狂の事ばかり話の引き合いに出していたのは、その…他に話題が無くて…」
「つまりぃ…?」
狂がアキラを凄い目付きで睨み付けた。
「狂はオレと話すためのダシ?」
ほたるがそのままずばり、アキラが口を濁していた答えを言ってしまう。
「ほ、ほたる!!」
これにはアキラもさすがに慌てた。
狂の不機嫌オーラが部屋に充満する。
「…覚悟はできてんだろうな、アキラ」
狂の背後でゆらりと何かが蠢いた。
「す、すみません」
アキラが口を引き攣らせて後ず去った。
「まーまー、イーじゃねーか。話のダシにされるぐらいよぉ」
梵が笑いを必死に噛み殺して仲裁に入る。
「そうそう梵なんてダシにもならないし」
「なに!?」
ほたるがいらぬ合いの手を入れてくる。
「ダシにもなれないのがそんなに不満?…それじゃあ、そのだしのエサにしといてあげる」
ダシの餌…ダシのほとんどは魚を乾燥したものである。その餌という事は、魚のエサ…という訳だから……?
「俺様の何処が微生物だ!!あぁ!?」
唾を撒き散らしながら息巻く梵に「汚い…」と文句を言ってほたるは嫌そうに顔を背ける。
さすがの千人切りの鬼と恐れられている彼も、そのあまりに馬鹿馬鹿しいやり取りを見てすっかり戦闘意欲を削がれてしまい、一度は引き抜いた妖刀村正を鞘に収めた。
「けっ、阿呆らしい」
結局のところ自分達二人はこの年若い(約一名は不明だが)倦怠期知らずなバカップルの痴話喧嘩に巻き込まれたというだけなのだ。
「いちゃつくなら他でやれ、他で」
狂は前髪を掻き揚げ呆れた様子で溜息をつきあっちへ行けと手を振った。
「別にいちゃついてなんか…」
いません、と続けようとしたアキラの口をほたるがすかさず自分の口でふさいで黙らせる。
いったん口付けを中断したほたるは「ん、そうする」と軽く頷いた。
「だから狂こそオレ達の邪魔しないでね…?」
と微かに笑って言うと、赤い顔をして硬直してしまったアキラを抱きかかえ粉砂糖を口一杯に含まされた二人を残し軽やかにその部屋を後にしたのだった。
「はあ?」
ほたるの唐突な話題転換にアキラは思わず目を丸くした。
「一体、何をいきなり…」
「絶対にそうだ」
アキラの言葉を遮り、ほたるは断定口調でそう告げると酷く恨みがましそうな目付きでアキラを見た。
「根拠は一体何なんですか?」
こんな話題は早く終らせてしまいたいと思ったアキラは溜息交じりで仕方なしにそう尋ねた。
「だって俺と二人っきりの時だって狂の事ばかり話すし。今だってそう。一体何回『狂が』って言って話し始めれば気が済むわけ?」
「それは……」
今さっきまでの分だけでもうこんかい、とほたるは両手を広げて10回以上だと示す。
確かに自分が狂の事ばかりを話しの引き合いに出しているのは認める。
その回数が尋常ではないかもしれない…という事も認めざるを得ないだろう。
だが、それも何の理由もなくそうなってしまっている訳ではないのだ。
四聖天だった時からもう四年近くも経っているのだ。
互いにその間、どのような時を過ごしてきたかなど皆目見当もつかないのは当然の事だろう。
其処で自分達が共通で話せる話題に―狂の事に―偏ってしまうのは致し方のない事ではないか。
「ほら、着いたよ」
ほたるはアキラを引っ張って前へ押し出すとその手を離した。
ほたるの熱を失った自分の手の平が酷く冷たく感じられ、まるでその熱こそが自身の灯火なのだと体現しているようだった。
「どうした、二人とも」
「一体何処をほっつき歩いてたんだ?」
畳の上に酒瓶を数え切れないほど転がし、殆どそれらに埋もれるような格好で狂と梵は突っ立ったままの二人に目をやった。
「迷子を連れてきただけ」
ほたるはどうでも良さそうにそんな受け答えをした。
「まいごぉ~?」
梵は胡散臭そうに眉を顰めまた濃くなりかけてきた髭を擦ると大げさに驚いて見せた。
「おいおい、迷子はお前さんの代名詞だろ?ほたる。いっつも人の話しを聞かずにふらふらして……」
「聞いてるよ。聞いてても覚えてないだけ」
「尚更ダメじゃんか」
ほたるの全く意味のない反論に梵はすっかり呆れ顔だ。
「おいアキラ。どうかしたか?」
いつもならほたるに迷子などと言われて黙っている筈の無いアキラが何も言い返さないのを訝しく思い、狂は少し心配になって声を掛けた。
「アキラ、せっかく狂が話し掛けてくれたんだし、何か言ったら?」
ほたるのその声は酷く突き放して聞こえた。
必死に我慢していたアキラを傷め付けるのに、それは十分過ぎるほどであった。
「……って」
「なに?アキラ」
くぐもったアキラの言葉が聞き取れず、ほたるは屈み込んで自分の耳を俯いているアキラの口元に寄せた。
平生の彼らしからぬその様子に、酒を飲み交わしていた年長者二人も少し神妙な面持ちでアキラを見守った。
「だってほたるがオレのこといらないって…!」
昔の口調に戻ったアキラは俯いていた顔を上げて力一杯叫んだ。
ズルッ
「おいおいおい…」
「何だ、そりゃ」
小さい頃から見守ってきた彼が酷く思い詰めた様子であったのでいつも放任している二人が珍しく心配したというのに…その理由がなんとまぁ。
ようするに、アキラとほたるが大して珍しくもない痴話喧嘩を繰り広げていた、という事らしい。
「そんなこと言ってない」
心外そうにほたるは不機嫌さを含んだ声でアキラに反論した。
「言ったってば言った!!」
「オレはアキラは狂の方が好きなんだって言っただけ」
「普段忘れっぽいくせになんでこんな時ばっか覚えてんだよ!」
「だってアキラ、さっき否定しなかった」
「それはっ!…そりゃ、狂の事ばかり話してたのは認め…ます」
アキラはそこまで一気に言うと呼吸を整え、口調を戻して言い難そうにその理由を説明した。
「でも狂の事ばかり話の引き合いに出していたのは、その…他に話題が無くて…」
「つまりぃ…?」
狂がアキラを凄い目付きで睨み付けた。
「狂はオレと話すためのダシ?」
ほたるがそのままずばり、アキラが口を濁していた答えを言ってしまう。
「ほ、ほたる!!」
これにはアキラもさすがに慌てた。
狂の不機嫌オーラが部屋に充満する。
「…覚悟はできてんだろうな、アキラ」
狂の背後でゆらりと何かが蠢いた。
「す、すみません」
アキラが口を引き攣らせて後ず去った。
「まーまー、イーじゃねーか。話のダシにされるぐらいよぉ」
梵が笑いを必死に噛み殺して仲裁に入る。
「そうそう梵なんてダシにもならないし」
「なに!?」
ほたるがいらぬ合いの手を入れてくる。
「ダシにもなれないのがそんなに不満?…それじゃあ、そのだしのエサにしといてあげる」
ダシの餌…ダシのほとんどは魚を乾燥したものである。その餌という事は、魚のエサ…という訳だから……?
「俺様の何処が微生物だ!!あぁ!?」
唾を撒き散らしながら息巻く梵に「汚い…」と文句を言ってほたるは嫌そうに顔を背ける。
さすがの千人切りの鬼と恐れられている彼も、そのあまりに馬鹿馬鹿しいやり取りを見てすっかり戦闘意欲を削がれてしまい、一度は引き抜いた妖刀村正を鞘に収めた。
「けっ、阿呆らしい」
結局のところ自分達二人はこの年若い(約一名は不明だが)倦怠期知らずなバカップルの痴話喧嘩に巻き込まれたというだけなのだ。
「いちゃつくなら他でやれ、他で」
狂は前髪を掻き揚げ呆れた様子で溜息をつきあっちへ行けと手を振った。
「別にいちゃついてなんか…」
いません、と続けようとしたアキラの口をほたるがすかさず自分の口でふさいで黙らせる。
いったん口付けを中断したほたるは「ん、そうする」と軽く頷いた。
「だから狂こそオレ達の邪魔しないでね…?」
と微かに笑って言うと、赤い顔をして硬直してしまったアキラを抱きかかえ粉砂糖を口一杯に含まされた二人を残し軽やかにその部屋を後にしたのだった。