GRAVE DIGGER
PART.1.1
時間軸は緩やかに交差する。
ホテルへと続く道は放置された車とその他機関の各車両、それに順ずる人々でごった返していた。時折出会う知り合いと言葉を交わしながら、アッシュはセントラルホテルを目指してゆく。
「おい、一般は立ち入り禁止だ」
そう背後から呼び止められ、持っていた手帳を見せようと振り返ろうとすると、その前にしたたかに肩を叩かれた。
「何やってんだよ、アッシュ」
「ウィル!」
僅かな驚きと安堵でもって、アッシュは同僚の名を呼んだ。
「わざわざ休日返上で出勤か? ご苦労なことだな」
そう苦笑うウィルに、そっちこそ、と返す。第四地区は彼らが範囲とする場所よりもずっと遠い。
「例の大規模な組織がらみかもってんで、管轄外の俺たちまでこんなところに呼び出された。最近じゃこういう騒ぎに乗じる馬鹿も増えてきたしな。まあ、自爆でもない限りはこんだけ警察がいる中でなんかする奴もいないだろうけど」
そう言ってウィルは小さく肩をすくめる。
「正直、さっきまで管轄だなんだと言ってる場合じゃなかった」
「被害は?」
建物から出る煙はもうほとんど消えかけていた。とはいえ、辺りに散らばるガレキや積もった灰から、この周辺で尋常で無い事が起こった事は生々しく感じることが出来る。
「とりあえず今確認された死者は六十数名。搬送された重傷者もいるから、まあ、できるだけ増えないことを祈るよ」
「そうっスね……でも、六十か」
少ない数ではない。いや、本当は、誰一人死ななくて良かったはずの人達だった。無意識に握り締めた手が強くなる。ウィルも沈痛そうに言葉を続けた。
「ほとんどが爆破された二つのフロアの人間だ。手が足りなくて運ぶのを手伝ったが……」
くそ、と口の中で小さく呟くのが聞こえる。苛立つとすぐそう呟くのが彼の癖だった。同僚の女性からはひどく嫌がられていたが。
「死者は帰らない。……やれることをやるさ。俺は」
自分に言い聞かせるように言って、ウィルは極力勤めたように明るくアッシュに向き直った。
「で、パーカーの警官殿は一体どこへ向かってるんだ?」
「あー、ちょっとね」
「上から何か命令でも?」
「いや、個人的」
アッシュは先ほど会った少女から「弟」を探しだす約束をしたことを伝えた。聞き終えたウィルは呆れたような表情を一瞬浮かべ、だがまあお前らしい、と肩につけていた腕章を渡した。
「これで四番街を抜けられる。セントラルホテルは何の被害も出てないがあそこらへん今別件で立て込んでるらしいから、ぬいぐるみ見つけたらとっとと帰ってこいよ」
よくアッシュのことを「お人よし」と茶化すウィルだったが、そんな彼自身もよっぽどに人がいい。腕章をつけながらアッシュは心の中でそう思った。
礼を言い、セントラルホテルへと向かう。一度ふと振り返ったが、気忙しい同僚の姿は既に見えなくなっていた。
中心地を抜けてしまうと、段々とまばらになってくる。ウィルから貰った腕章のおかげで大きな足止めも無く、アッシュはセントラルホテルの前までやってきた。豪華さというよりは荘厳な雰囲気の白い建物は落ち着いた様相を示しており、きれいに掃除された内部も清潔な空気が満ちていた。
「失礼します」
なんとなく無言で入るのもためらわれ、回転扉の横にあるガラス戸から入ったアッシュはライトが消えた薄暗いロビーでそう呟いた。乾いた靴音がだだっ広いフロアにこだまする。
「あ、いた」
少女の「弟」は、観葉植物の鉢がいくつか置かれた場所のソファにちょこんと座っていた。迷子が母親でも待っているかのようなその姿にアッシュは僅かに微笑む。
「お姉さんから頼まれて迎えに来たっスよ。さあ、帰ろう」
抱き上げ、赤ん坊ほどの大きさのそれを脇に抱え、外に出た。腕章も返さねばならない。だがウィルが見つかるかどうかが少し心配だった。どちらにせよ明日になれば顔を合わせることにはなるのだが……。そんなことを考えながらホテルの階段を下り、元来た道を踏み出した、その時だった。
「……?」
背後に微かに銃声を聞いた気がした。空耳かと思ったが、続いて数発。今度ははっきりと耳に響くほど近くで。
(「最近じゃこういう騒ぎに乗じる馬鹿も増えてきたしな」)
ウィルの言葉が思い出される。単独での行動は固く戒められていたが、誰かの悲鳴が聞こえた瞬間、考えなしに足が走り出していた。
運命はしたたかに采配される。
作品名:GRAVE DIGGER 作家名:麻野あすか