GRAVE DIGGER
PART.1.2
時はいつも平行に動く。
part.1.2
「たっだいまハニー」
深夜の通販番組のような声で助手席を開けた人物に
一瞬冷たい目を差し向け、帽子を目深に被った青年は結局無言で正面に直る。
「スルーはやめようよスルーは」
言いつつもたいして期待もなかったのか何事も無かったかのように座席に収まると、掛けていたサングラスを取った。まだ若い少年だった。深色の黒い瞳にはゲームをしているときのような享楽さが見え隠れし、それを確信付けるように口の端は笑みの形にゆがめられていた。ふわりと揺れる両耳は彼が獣人の類であることを示している。良く見ると、ハンドルを握る青年も人ではない。加え、ルビーのような透明な瞳に白髪で、これで肌が白ければ間違いなくアルビノの様相だった。
「鬼が隠れる必要が無い鬼ごっこは楽でいい」
ふと少年は独り言のようにそう呟き、そうしてちらと見た背後の空席に訝しげな声をあげる。
「雪、リーダーは?」
「まだ戻らない。見れば分かる」
雪(シュエ)と呼ばれた青年は僅かに沸いた不機嫌を隠しもせず返す。
分かることをわざわざ聞くような愚鈍は大嫌いだった。だが当の少年は氷のようないらえもさらりと受け流し、バンの外を見る。
「何かトラブったかな?」
「彼に限ってそれはない。それならお前の方がよっぽど確率的にそうなる可能性が高い」
だいたい先ほど少年が揶揄した通り、今回はひどく「楽な仕事」であったのだから。
「出たよ確率。でも予測的な99%よりも起こった1%のほうがリアルだと思うけど?」
「予測的な1%と予感の99%は明らかに後者だけどな」
「あら誰のことかしら」
「理解力に欠ける人間はこれだから」
「優しさの無い人間はこれだから」
「それは認める」
言って、アクセルを踏み込む。少年が慌てたようにもたれていたシートから起き上がる。一瞥し、雪と呼ばれた青年は一言だけ呟いた。
「時間だ」
「リーダーは?」
平気な風を装っているが、そう問う少年には明らかに狼狽が見て取れた。なんとなく優越を感じ、同時にそんな子供っぽい自分の感情を恥じた雪は、殊更に感情を押し込んで応えを返した。
「命令に変更は無い」
「冷たい」
責める言葉だったがたいして感情がこもっていないのは、彼は彼なりにリーダーの力を知っているからだろう。それに、規律や作戦の遂行に誰よりも厳しいのは不在のその人である。
「彼なら大丈夫。生きてれば戻ってくるし」
死んでたら無駄だ。そう言い放ち、雪は思い切りアクセルを踏み込んだ。
「安全運転しろよ! んっのスピード狂!」
拍子にシートへ頭をぶつけたらしい少年の悪態に少し笑いながら、雪は退路へ向かってハンドルを切った。
命はいつでも一方に進む。
作品名:GRAVE DIGGER 作家名:麻野あすか