prayer
「…先に君たちの力を借りる事になったみたいだね」
予想外の追っ手に、表情を強張らせたマグナ達を見渡して、静かに、彼はそう言うと立ち上がった。
「折角ここまで皆の力で復興させたこの街を、また壊させる訳にはいかない」
手を貸して欲しい、守るために。
そう言って視線を伏せた彼の目に、過ぎった翳りは何だったのか、その時はまだ判らなかった。
モナティの導きで、サイジェントについてまもなくの話だ。
長旅で疲れているだろう、とのリプレの計らいで各々がフラットやその周辺で自由にのんびりと過ごしていた矢先の事だった。
穏やかな空気を破ってもたらされた凶報が、一つ。
「ぅひ~…これはまた、奮発しやがったなぁ…」
遠目からでも判る、土煙を上げて押し寄せる生きた津波のような影に、大剣を携えた剣士は大仰に肩を竦めて一つ息をついた。
「取りあえず、アタマ…ルヴァイドを押さえるって作戦自体は判ったけどよ。…あれだけの数ん中、突破しろってか?」
今までで見る軍勢の中でも、格段に数が違う。
もうお互いなりふり構っていられない所まできているのだ。デグレアは本気で聖王国を潰そうとしている。そして切り札となる召喚兵器を手に入れようとその為の鍵、アメルを奪いに来たのだ。
この、西の果てまで。
エスガルドとエルジンが、陣のほぼ中央にいる黒騎士の位置を確認している。
その間にも、サイジェントの傍の荒野を突っ切ってデグレアの部隊は真っ直ぐにこの街を目指している。
マグナは、ぎり、と無意識に爪が掌に食い込むほどに手を握りしめた。
常の彼ならぬきつい眼差しでまだ遠い土煙を睨み付ける。
頭の中で繰り返すのは、たった一つの問いだ。
まだ戦火の報の届かないこの街は、平和そのものだった。
・・・先日、自分たちが訪れるまでは。
人々は笑い、さざめき、活気に溢れたこの街では、スラムの子供も街の子供も隔てなく辺りを駆け回っていた。
城付きの召喚師や兵士が、普通に一般の人々に混じって工事などに携わる姿も見た。
王都ゼラムですら見られない形のその距離を、この街の人々はたった一年あまりで手に入れた。
そこに突然やってきて、その平和を破ったのは自分たち。
――――…本当に良かったのか。
悪戯に戦火を広げただけじゃないのか?
「…マグナ?」
横合いから、今思い返していたのと同じ声に唐突に問い掛けられて、マグナは慌てて振り返った。
「ト、トウヤ?」
いつの間にか、すぐ傍にトウヤが立っていた。この戦いの始まりを告げたあのフラットでの会話から、その表情は何も変わってはいない。戦いに赴く前だというのに、何も。
「アメルが探しているよ。…ネスティも。さっきから君の様子が少しおかしいって」
「あ…」
しまった。
自分の思考に沈んでしまっていたおかげで、またいらぬ心配をかけたかもしれない。
頭に昇っていた血がさーっと引いていくような感覚に襲われて、よろりと僅かに身体が傾ぐ。・・・1人で背負うなと、あれほどに言われ、そして自分も願ったというのに。
いったいどんな表情をしていたのか、トウヤは小さく笑みを浮かべた。
「2人の心配、当たってるみたいだね」
「…何か色々考えちゃって、さ」
俺、そういう風に考えるの苦手なんだけど。ちょっとね。
あえて軽い調子で流すように言えば、彼はそれ以上踏み込んではこなかった。
そのまま粉塵を上げ進軍を続けている人の波に目を向ける。
途端、視線が力を帯びた気がした。
表情がそれほど変わった訳じゃない。ただ先程皆の前で、戦う、と言い切ったその時の熱そのままの。
「…直ぐに行くから、下で皆と一緒に待っててくれるかな」
「…わかった。ごめん、ぼぅっとして」
ダメだ。
考えるのは後で良い。今は、この戦いに集中しなければ、自分も皆も危なくなる。
形の掴みきれないこの不安は、今は目を瞑ろう。そしてせめてこの戦いに、何も大きな犠牲を払う事のないように自分の出来る限りの事をしなければ。
「皆の所に行ってるよ!」
一声掛けて滑るように岩場を駆け下りたところで、
「マグナ」
小さく呼ぶ声が聞こえて足を止めた。
振り仰いだ先には輝く太陽があって、眩しさに思わず目を細めた。
「君が今考えてた事、多分少しだけ判ると思うよ」
「…え?」
「以前の僕が、そうだったから」
上にいるトウヤの姿は、岩棚に遮られて見ることは出来ない。だが、風に乗って届く程度の呟きだったけれど、不思議と彼の声は届く。
まだ会ったばかりだというのに、ほんの僅かしか話を交わしてはいないのに。心に直接届くようなその響きに、彼が呼ばれる称号を思いだした。
伝説の中にしかないと思われていた、“界”を越えて届く力の持ち主。
――――その力が、その存在が、大きければ大きいほど、またその反動も。
なのに。
「僕が世界を壊したから」
風の中から掬い上げた言葉に、マグナは大きく目を瞠った。
彼の口から出るはずのない、言葉だった。いや、出てはならない、言葉だった。
無意識にその言葉を理解する事を拒むように、思考が鈍くなる。…何と言葉を返して良いか、判らない。言葉を見付けられない。
けれど動揺した気配が伝わったのか、彼は場を取りなすように僅かに笑ったようだった。
「・・・――――大丈夫だよ」
予想外の追っ手に、表情を強張らせたマグナ達を見渡して、静かに、彼はそう言うと立ち上がった。
「折角ここまで皆の力で復興させたこの街を、また壊させる訳にはいかない」
手を貸して欲しい、守るために。
そう言って視線を伏せた彼の目に、過ぎった翳りは何だったのか、その時はまだ判らなかった。
モナティの導きで、サイジェントについてまもなくの話だ。
長旅で疲れているだろう、とのリプレの計らいで各々がフラットやその周辺で自由にのんびりと過ごしていた矢先の事だった。
穏やかな空気を破ってもたらされた凶報が、一つ。
「ぅひ~…これはまた、奮発しやがったなぁ…」
遠目からでも判る、土煙を上げて押し寄せる生きた津波のような影に、大剣を携えた剣士は大仰に肩を竦めて一つ息をついた。
「取りあえず、アタマ…ルヴァイドを押さえるって作戦自体は判ったけどよ。…あれだけの数ん中、突破しろってか?」
今までで見る軍勢の中でも、格段に数が違う。
もうお互いなりふり構っていられない所まできているのだ。デグレアは本気で聖王国を潰そうとしている。そして切り札となる召喚兵器を手に入れようとその為の鍵、アメルを奪いに来たのだ。
この、西の果てまで。
エスガルドとエルジンが、陣のほぼ中央にいる黒騎士の位置を確認している。
その間にも、サイジェントの傍の荒野を突っ切ってデグレアの部隊は真っ直ぐにこの街を目指している。
マグナは、ぎり、と無意識に爪が掌に食い込むほどに手を握りしめた。
常の彼ならぬきつい眼差しでまだ遠い土煙を睨み付ける。
頭の中で繰り返すのは、たった一つの問いだ。
まだ戦火の報の届かないこの街は、平和そのものだった。
・・・先日、自分たちが訪れるまでは。
人々は笑い、さざめき、活気に溢れたこの街では、スラムの子供も街の子供も隔てなく辺りを駆け回っていた。
城付きの召喚師や兵士が、普通に一般の人々に混じって工事などに携わる姿も見た。
王都ゼラムですら見られない形のその距離を、この街の人々はたった一年あまりで手に入れた。
そこに突然やってきて、その平和を破ったのは自分たち。
――――…本当に良かったのか。
悪戯に戦火を広げただけじゃないのか?
「…マグナ?」
横合いから、今思い返していたのと同じ声に唐突に問い掛けられて、マグナは慌てて振り返った。
「ト、トウヤ?」
いつの間にか、すぐ傍にトウヤが立っていた。この戦いの始まりを告げたあのフラットでの会話から、その表情は何も変わってはいない。戦いに赴く前だというのに、何も。
「アメルが探しているよ。…ネスティも。さっきから君の様子が少しおかしいって」
「あ…」
しまった。
自分の思考に沈んでしまっていたおかげで、またいらぬ心配をかけたかもしれない。
頭に昇っていた血がさーっと引いていくような感覚に襲われて、よろりと僅かに身体が傾ぐ。・・・1人で背負うなと、あれほどに言われ、そして自分も願ったというのに。
いったいどんな表情をしていたのか、トウヤは小さく笑みを浮かべた。
「2人の心配、当たってるみたいだね」
「…何か色々考えちゃって、さ」
俺、そういう風に考えるの苦手なんだけど。ちょっとね。
あえて軽い調子で流すように言えば、彼はそれ以上踏み込んではこなかった。
そのまま粉塵を上げ進軍を続けている人の波に目を向ける。
途端、視線が力を帯びた気がした。
表情がそれほど変わった訳じゃない。ただ先程皆の前で、戦う、と言い切ったその時の熱そのままの。
「…直ぐに行くから、下で皆と一緒に待っててくれるかな」
「…わかった。ごめん、ぼぅっとして」
ダメだ。
考えるのは後で良い。今は、この戦いに集中しなければ、自分も皆も危なくなる。
形の掴みきれないこの不安は、今は目を瞑ろう。そしてせめてこの戦いに、何も大きな犠牲を払う事のないように自分の出来る限りの事をしなければ。
「皆の所に行ってるよ!」
一声掛けて滑るように岩場を駆け下りたところで、
「マグナ」
小さく呼ぶ声が聞こえて足を止めた。
振り仰いだ先には輝く太陽があって、眩しさに思わず目を細めた。
「君が今考えてた事、多分少しだけ判ると思うよ」
「…え?」
「以前の僕が、そうだったから」
上にいるトウヤの姿は、岩棚に遮られて見ることは出来ない。だが、風に乗って届く程度の呟きだったけれど、不思議と彼の声は届く。
まだ会ったばかりだというのに、ほんの僅かしか話を交わしてはいないのに。心に直接届くようなその響きに、彼が呼ばれる称号を思いだした。
伝説の中にしかないと思われていた、“界”を越えて届く力の持ち主。
――――その力が、その存在が、大きければ大きいほど、またその反動も。
なのに。
「僕が世界を壊したから」
風の中から掬い上げた言葉に、マグナは大きく目を瞠った。
彼の口から出るはずのない、言葉だった。いや、出てはならない、言葉だった。
無意識にその言葉を理解する事を拒むように、思考が鈍くなる。…何と言葉を返して良いか、判らない。言葉を見付けられない。
けれど動揺した気配が伝わったのか、彼は場を取りなすように僅かに笑ったようだった。
「・・・――――大丈夫だよ」