結果的には悪夢で合ってた
最初の印象は、不思議な夢だな、ということだった。
見慣れたものより少し古びた校舎の廊下に、自分が立っている。指定のブレザーはそのままで、窓ガラスに映った自分を見る限り、夢の中の自分が『竜ヶ峰帝人』というしがない高校生であることにも、変わりはないようだった。
夢でくらい違う人物になっても良かったのだが、舞台が学校だからそうも行かないのかもしれない。現実と同じように、自分のクラス(で、あるはず)に向かいながらぼんやりと思う。やけに冷静なのは、こんな夢を見る心当たりがあったからだ。
「シズちゃんは学校に寝に来てる感じだったんだよねー。新羅は暇つぶしだし、俺も俺でただの人間観察に通ってただけだし・・・真面目に通ってたのってドタチンくらいなんじゃないかな?」
そう言って見せて来た一枚の写真。机に突っ伏して寝ている静雄さんの周りに、油性ペンを持った臨也さんと、いい笑顔の新羅さんと、迷惑そうな顔の門田さんが映っている。
来良学園がまだ来神高校という名だった頃の、今より心なしかあどけない顔の見知った大人たちの学生時代の写真を見せながら、シズちゃんさえいなければなぁ・・・と呟いた臨也さんの顔はそれでも、昔を懐かしむように小さな笑みを浮かべていた。
それがつい昨日のことである。
昨日、と言うには些か語弊があるかもしれない。自分が寝入ってからどれ程立つのかわからないので、もしかしたら×時間前程度のことなのかもしれなかった。写真に写っていた顔を鮮明に思い出せるのも、きっとその所為だろう。あんな写真を見たから、毎日通っている学校の夢なんか見ているのだと思うと、ちょっぴり臨也が恨めしかった。
夢は好きだ。ありえないことに満ち溢れていて、僕が僕じゃない人になって、それはそれは楽しい。だから夢の中で自分がなんの変哲もない人間だったりすると、少々がっかりする。今の気持ちを表すなら、それだった。がっかり。そう、僕は今、とてもがっかりしている。
予定通り自分の教室について、予定通り自分の席につく。それは現実で決まっていることで、夢ならではの出来事ではない。強いて言うなら、夢の中の僕は、ダラーズの創始者ではないようだった。開いた携帯にダラーズのメーリングリストがない。それどころか、2人の名前しか登録されていない。紀田正臣、そして園原杏里。僕は少しだけ臨也さんの名前がないことに安堵して、そして少しだけ寂しく思った。僕にとって臨也さんは、非日常の塊と言って良かったから。
だから僕は決め付けてしまっていた。この夢は僕の夢だ。僕の世界から全ての非日常を切り取った、僕にとってなんの面白味もない世界。もういっそ悪夢だ。そう思い込んでいた。
知らない顔の教師が教室に入ってきて、現実と同じように僕が起立、と声をかける。緩慢とした礼が終わって、着席、と声をかけようとした時、扉の向こうで物凄い音をたてながら、消火器が舞った。
ガヤガヤと騒ぎ立つ教室内から、知らない顔の教師が出て行く。と思いきや、危険だと判断したのか、体を教室に戻して、顔だけを廊下に出して鋭い声を上げた。
「折原、平和島、教室に戻りなさい!!!」
僕はまさか、と思った。まさかそんな、ありえない。そう思って、でも好奇心には勝てなくて、騒ぎ立つ教室から一歩外に出る。
先ほどまでホームルーム中の為に閑散としていた廊下は、ガラスが割れ、消火器から吹き出たピンク色の粉に塗れていた。悲惨な光景。けれどどこかで見覚えがある光景。僕は正直、胸が躍った。まさか。まさかまさか!
その時、いーざーやー!と叫ぶ声がして、僕の目の前をすごい勢いで机が通過した。通過した、と言うより、飛んでいった、という方が正しいかもしれない。けたたましい音を立てて地面に落ちたそれに、更にふりかかる椅子を避けるようにして、黒い影が舞い降りた。
「シズちゃんちょっと、まだ朝だよ?ちょっと落ち着いてよー」
「うるっせぇ!!朝だろうが夜だろうが関係ねぇ!殺す!絶対殺す!今日こそ殺す!まじで殺す!」
「あーもうこれだから力だけの馬鹿はさ・・・先生も言ってあげてくださいよー」
ねぇ?と言いながら、黒い影が知らない顔の教師に声をかける。勿体つけるように振り返ったその顔には見覚えがあった。殺す!と吼える声にも聞き覚えがある。それは随分と若いように感じたけれど、間違いなかった。僕の非日常は、夢の中にも確かに存在していた。
それから知らない顔の教師がもう一度、二人に教室に戻れと声をかけた。返事代わりに放り投げられた机が僕の顔をこする前に、強い力で教室内に連れ戻される。危ないぞ、と言って僕を日常に引き戻したのは、これまた幾分か若い顔つきをした、門田さんだった。
「クラス委員は危ないのが好きなのか」
苦笑いを携えて門田さんが優しく僕を責める。相変わらず良い人だなぁと思いながら、僕は曖昧に笑った。
夢の中の僕はきっと、門田さんと仲が良いわけではないだろう。臨也さんも静雄さんも、多分同じように何の関係もないはずだ。ただの同級生。挙句僕にはダラーズもないから、僕の非日常、と言ってもそれは傍観者のそれでしかない。巻き込まれないようにな、と笑った門田さんの言葉が、僕の立場を良くあらわしている。
僕は自分の席につきながら、これは中々良い夢かもしれない、なんて思い始めていた。
学生時代の二人と門田さん、多分他のクラスには新羅さんもいるだろう。見慣れた大人たちの昔の顔を、第三者の視点から観察する。四人とも僕のことなんて興味もないはずだから、きっとじっくり観察できるだろうと思った。少しの寂しさはあるが、それこそ夢の中でしかできないことなのだから、しっかりじっくり味わいたい。考えるだけで楽しくなって、知らないうちにニヤニヤと笑みが洩れた。
「楽しそうだねぇ」
だから僕は気付かなかった。僕の前の席がずっと空いていることにも、教室のざわめきが急に止んだことにも、何一つ。
僕に楽しそうだと言っておきながら、自分の方がよっぽど面白そうな顔をした臨也さんが、僕の顔のすぐ近くでにこりと笑った。綺麗な顔がゆっくり離れて、やがて意地の悪い笑みを浮かべるその一連の動作を、僕はどこかぼんやりした頭で見つめていた。
無論、気付いたときにはもう遅い。
「楽しそうだねぇ、竜ヶ峰くん。今の今までただのさえないクラス委員だと思ってたけど、どうやらそれは違うのかな?俺とシズちゃんの喧嘩をあんなにキラキラした目で見つめちゃって、ドタチンが引っ張ってくれなかったら本当に危なかったのに、今だってほら、すっごく楽しそうな顔しちゃってさ!これは発見だなぁ~竜ヶ峰くんが非行に憧れるような存在だったなんて、俺には皆目検討がつかなかったよ!全く持って予想外!でもこれは嬉しい発見だ。なんてたって俺は人間が大好きだからね!君みたいな教室の真ん中にいても存在を忘れられそうな薄幸で地味な人間がそんな一面を隠し持っていたなんて、見抜けなかった俺の動揺がわかるかい?でもそれ以上に俺は今、すっごく嬉しいんだ!楽しいんだ!」
見慣れたものより少し古びた校舎の廊下に、自分が立っている。指定のブレザーはそのままで、窓ガラスに映った自分を見る限り、夢の中の自分が『竜ヶ峰帝人』というしがない高校生であることにも、変わりはないようだった。
夢でくらい違う人物になっても良かったのだが、舞台が学校だからそうも行かないのかもしれない。現実と同じように、自分のクラス(で、あるはず)に向かいながらぼんやりと思う。やけに冷静なのは、こんな夢を見る心当たりがあったからだ。
「シズちゃんは学校に寝に来てる感じだったんだよねー。新羅は暇つぶしだし、俺も俺でただの人間観察に通ってただけだし・・・真面目に通ってたのってドタチンくらいなんじゃないかな?」
そう言って見せて来た一枚の写真。机に突っ伏して寝ている静雄さんの周りに、油性ペンを持った臨也さんと、いい笑顔の新羅さんと、迷惑そうな顔の門田さんが映っている。
来良学園がまだ来神高校という名だった頃の、今より心なしかあどけない顔の見知った大人たちの学生時代の写真を見せながら、シズちゃんさえいなければなぁ・・・と呟いた臨也さんの顔はそれでも、昔を懐かしむように小さな笑みを浮かべていた。
それがつい昨日のことである。
昨日、と言うには些か語弊があるかもしれない。自分が寝入ってからどれ程立つのかわからないので、もしかしたら×時間前程度のことなのかもしれなかった。写真に写っていた顔を鮮明に思い出せるのも、きっとその所為だろう。あんな写真を見たから、毎日通っている学校の夢なんか見ているのだと思うと、ちょっぴり臨也が恨めしかった。
夢は好きだ。ありえないことに満ち溢れていて、僕が僕じゃない人になって、それはそれは楽しい。だから夢の中で自分がなんの変哲もない人間だったりすると、少々がっかりする。今の気持ちを表すなら、それだった。がっかり。そう、僕は今、とてもがっかりしている。
予定通り自分の教室について、予定通り自分の席につく。それは現実で決まっていることで、夢ならではの出来事ではない。強いて言うなら、夢の中の僕は、ダラーズの創始者ではないようだった。開いた携帯にダラーズのメーリングリストがない。それどころか、2人の名前しか登録されていない。紀田正臣、そして園原杏里。僕は少しだけ臨也さんの名前がないことに安堵して、そして少しだけ寂しく思った。僕にとって臨也さんは、非日常の塊と言って良かったから。
だから僕は決め付けてしまっていた。この夢は僕の夢だ。僕の世界から全ての非日常を切り取った、僕にとってなんの面白味もない世界。もういっそ悪夢だ。そう思い込んでいた。
知らない顔の教師が教室に入ってきて、現実と同じように僕が起立、と声をかける。緩慢とした礼が終わって、着席、と声をかけようとした時、扉の向こうで物凄い音をたてながら、消火器が舞った。
ガヤガヤと騒ぎ立つ教室内から、知らない顔の教師が出て行く。と思いきや、危険だと判断したのか、体を教室に戻して、顔だけを廊下に出して鋭い声を上げた。
「折原、平和島、教室に戻りなさい!!!」
僕はまさか、と思った。まさかそんな、ありえない。そう思って、でも好奇心には勝てなくて、騒ぎ立つ教室から一歩外に出る。
先ほどまでホームルーム中の為に閑散としていた廊下は、ガラスが割れ、消火器から吹き出たピンク色の粉に塗れていた。悲惨な光景。けれどどこかで見覚えがある光景。僕は正直、胸が躍った。まさか。まさかまさか!
その時、いーざーやー!と叫ぶ声がして、僕の目の前をすごい勢いで机が通過した。通過した、と言うより、飛んでいった、という方が正しいかもしれない。けたたましい音を立てて地面に落ちたそれに、更にふりかかる椅子を避けるようにして、黒い影が舞い降りた。
「シズちゃんちょっと、まだ朝だよ?ちょっと落ち着いてよー」
「うるっせぇ!!朝だろうが夜だろうが関係ねぇ!殺す!絶対殺す!今日こそ殺す!まじで殺す!」
「あーもうこれだから力だけの馬鹿はさ・・・先生も言ってあげてくださいよー」
ねぇ?と言いながら、黒い影が知らない顔の教師に声をかける。勿体つけるように振り返ったその顔には見覚えがあった。殺す!と吼える声にも聞き覚えがある。それは随分と若いように感じたけれど、間違いなかった。僕の非日常は、夢の中にも確かに存在していた。
それから知らない顔の教師がもう一度、二人に教室に戻れと声をかけた。返事代わりに放り投げられた机が僕の顔をこする前に、強い力で教室内に連れ戻される。危ないぞ、と言って僕を日常に引き戻したのは、これまた幾分か若い顔つきをした、門田さんだった。
「クラス委員は危ないのが好きなのか」
苦笑いを携えて門田さんが優しく僕を責める。相変わらず良い人だなぁと思いながら、僕は曖昧に笑った。
夢の中の僕はきっと、門田さんと仲が良いわけではないだろう。臨也さんも静雄さんも、多分同じように何の関係もないはずだ。ただの同級生。挙句僕にはダラーズもないから、僕の非日常、と言ってもそれは傍観者のそれでしかない。巻き込まれないようにな、と笑った門田さんの言葉が、僕の立場を良くあらわしている。
僕は自分の席につきながら、これは中々良い夢かもしれない、なんて思い始めていた。
学生時代の二人と門田さん、多分他のクラスには新羅さんもいるだろう。見慣れた大人たちの昔の顔を、第三者の視点から観察する。四人とも僕のことなんて興味もないはずだから、きっとじっくり観察できるだろうと思った。少しの寂しさはあるが、それこそ夢の中でしかできないことなのだから、しっかりじっくり味わいたい。考えるだけで楽しくなって、知らないうちにニヤニヤと笑みが洩れた。
「楽しそうだねぇ」
だから僕は気付かなかった。僕の前の席がずっと空いていることにも、教室のざわめきが急に止んだことにも、何一つ。
僕に楽しそうだと言っておきながら、自分の方がよっぽど面白そうな顔をした臨也さんが、僕の顔のすぐ近くでにこりと笑った。綺麗な顔がゆっくり離れて、やがて意地の悪い笑みを浮かべるその一連の動作を、僕はどこかぼんやりした頭で見つめていた。
無論、気付いたときにはもう遅い。
「楽しそうだねぇ、竜ヶ峰くん。今の今までただのさえないクラス委員だと思ってたけど、どうやらそれは違うのかな?俺とシズちゃんの喧嘩をあんなにキラキラした目で見つめちゃって、ドタチンが引っ張ってくれなかったら本当に危なかったのに、今だってほら、すっごく楽しそうな顔しちゃってさ!これは発見だなぁ~竜ヶ峰くんが非行に憧れるような存在だったなんて、俺には皆目検討がつかなかったよ!全く持って予想外!でもこれは嬉しい発見だ。なんてたって俺は人間が大好きだからね!君みたいな教室の真ん中にいても存在を忘れられそうな薄幸で地味な人間がそんな一面を隠し持っていたなんて、見抜けなかった俺の動揺がわかるかい?でもそれ以上に俺は今、すっごく嬉しいんだ!楽しいんだ!」
作品名:結果的には悪夢で合ってた 作家名:キリカ