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ハルモニア

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白いビニル袋を手に提げて屋上へと続く薄暗い階段を上り、錆付いて用を成さない施錠を無視して重い扉を開く。直後、一瞬の眩しさに目を細めるも、明るさに慣れ開いた先には絵に描いたような濁りのない蒼が広がっていた。
 夏のじりじり肌を焼くような攻撃的な日差しは和らぎ、日中にしても比べ物にならない柔らかさで迎えてくれる。頬にかかる髪を揺らす程度に吹く風も手伝い、まさに何をするにも絶好の日和だ。こんな太陽の恵みも知らず部屋に引きこもってるだけだなんてもったいなさすぎる。
 視線を大きく巡らせるが、目当ての物は見つからない。そのまま屋上でもなんとか立ち入ることの許される範囲を探してみたものの、結果は同じだった。
 見当が外れたかと踵を返してまた暗い道に戻ろうとしたところで、ふと見上げた先に太陽の光を惜しみなく受ける銀の輝きを見つけた。記憶の中でそれは良く知ったものと重なり、今まさに探していた人物に他ならなかった。向かっていた扉から方向を変え、丁度裏手にあるこれまた錆付いた梯子を上る。頭だけをひょっこりと覗かせると、そこには貯水タンクに背を預けて座り仏頂面で膝の上に弁当を広げ、不機嫌を隠しもせずもそもそと不味そうに弁当のおかずをつつくプロイセンがいた。
 身を乗り出し梯子を上りきると向こうもようやっとこちらの存在に気付いたのか、眉間の皴の数を増やして唯でさえ険しかった表情を更に歪ませて、明らかな拒絶を示す。けれどもそんな表情をいちいち気にかけていたらこの人物とは話しもできなくなるということは充分に承知していたので、無視して近づいていく。もとより、相手の大げさな反応は楽しんでもこの手のことを気遣うつもりは毛頭ないわけだけど。
「まった派手にやられてんなぁ。」
 プロイセンの頬には先程こさえたばかりの痛々しい赤みが広がっていた。今回の凶器は素手か。いつもの鈍器ならまずたんこぶを作っているだろうし、何よりその赤みは良く見ると人の手のひらがぼやけたような形をしている。
「フライパンじゃなくてよかったね。」
「よくねぇよ!お前の姉ちゃんなんなんだよ!」
 手の中のフォークをひん曲げるんじゃないかと思うほどの力をこめて握りこぶしをつくりプロイセンは抗議する。膝の上に弁当箱が乗っていては思うように動けないので手の甲や額に浮かぶ青筋で怒りを表しているようだった。まだ食料を確保しておくだけの理性は保っていたらしい。
 残念なことに今回はその場に居合わすことができなかったが、この手形を作った張本人、姉さんに原因は聞いている。聞かなくても想像はつくことだけど、またオーストリアさんにちょっかいをかけたらしい。懲りないヤツだと心の底から思う。
 未だ納得いかず俯いてなにやらぶつぶつと呟くプロイセンの隣に膝を立てて座り、下げていたビニル袋から購買で買った惣菜パンとパックの紅茶を取り出す。パックの口をあけてストローをさしたところでやっとプロイセンはこちらを向いた。未だに寄せられた眉根は緩まない。
「…てめぇがなんでここでメシ広げてんだよ。」
「傷心のプロイセン君を慰めてあげようかと思ってきてやったんだよ。感謝しろっての。あ、ここだと背もたれないからもうちょいそっちつめろよー」
 ぐいぐいと無理やり肩を押すと、弁当落とさないようにしながら渋々横にずれてくれた。その割りになんの為にここに来たとおもってんだ、とかいった文句は続いている。やはり気にも留めずパンの袋を破って中身を頬張る。うまい。
「そういやいっつもの唯一の友達は?」
「ふざけんな唯一ってなんだ!…フランスはなんか生徒会だとよ。イギリスから招集かかってた。スペインはしらね。大方子分とこにでも行ってんじゃねぇの?」
「ふーん。」
 一口目を咀嚼し飲み込んで問うと、プロイセンも不満が残りつつも食事を再開したようで、視線は下に向けられてしまっていた。特に詳しいことが聞きたいわけでもなかったので会話が途切れてしまった。元々俺が来る予定でなかったプロイセンには気の利いた話題などあるはずもなく、お互い食べることに専念することとなりしばらく沈黙が続いた。
 見上げた蒼にはここに来たときにはなかった白が加わっていて、風に押され流れていく。そのうちに一つ目のパンが全て胃袋の中に納まり、二つ目のパンを取り出したところで相手の弁当箱を覗き込むと、あまり減っていないようだった。昼休みも終わりに近い。こいつにしては珍しく腫れた頬が痛むのだろうか。振り向いてもらえない心が切ないのだろうか。しかし
「いつ見てもお前の弟の弁当美味そうだよなぁ。身内が何でもできる人でよかったね。」
その言葉に顔を上げたプロイセンは、先程までとはまた違った意味合いで顔を歪めた。次いで間抜けな声を出す。ちょっと馬鹿にされたみたいでイラッとした。
「はぁ?これ作ったの俺だぜ?」
「…は?」
 不覚にも今度は俺が間抜けな声を出す番だった。更にはとんだ間抜け顔だろう。今コイツなんて言った?誰がなんだって?
「え、お前が作れるわけないじゃん。」
「お前…ホンットいい加減にしろよそろそろ殴るぞ?自炊くらいできるっての!第一、ヴェストに料理教えたの俺だぜ?俺様は完璧だからな!」
 弟君が料理上手いのは知ってる。何度か家に遊びに行ったときご馳走になったこともある。それがプロイセン仕込みだったとは正直考えたことがなかった。確かに、プロイセンは一人暮らし長かったしドイツ育てたのもコイツなんだから当たり前ではあるのかもしれないが、如何せん似合わない。そこに結びつかない。手を伸ばして相手の弁当箱からアスパラのベーコン巻きを一つ拝借する。制止の声など聞くはずもない。
「…美味い、この上なく癪だけど。あ、アレか冷凍ものか。」
「殴っていいよな?」
「なぁコレ毎朝作ってんの?」
「聞けよ人の話。ったく…毎日じゃなくて一日交代だよ、ヴェストと。」
 そんなに取られたくないのか照れ隠しなのか、一気に弁当を口にかきみ始めたプロイセンを横目に、いいことを思いついた俺はにぃっと口角をあげる。肩をつついてこちらを向かせようとするが平らげた弁当の片づけを理由に無視を決め込まれる。なのでお構い無しに言うことにした。
「なぁ、これから弁当交換しね?」
「んで俺がお前の為にわざわざ弁当作らなきゃなんねぇんだよ。大体そっちが買い弁じゃぁ割りに合わねぇだろうが。」
 やはりこちらには目もくれず俺の提案を即つっぱねる。しかしそれは予想の範囲内だったのでこちらも無視して言葉を続ける。
「俺んとこも当番制なんだよ。今日はたまたま姉さんが朝早くに出かけたから買い弁になっちまったけど。…姉さんの弁当が食えるんだぜ?なんだったらプロイセンが当番のときだけでもいいし。」
 最後まで告げるとプロイセンは面白いくらい動きをとめて固まった。そしてギギギと音を立てそうなほどぎこちなくこちらに顔を向け、あ、だのう、だの意味を成さない言葉を発しながら口をぱくぱくさせている。金魚、というか餌をねだる動きの遅い鯉みたいだ。噴出しそうになるのを必死にこらえて返事を促す。
「悪い話じゃないでしょ?ま、ムリにとはいわないけどさ。」
作品名:ハルモニア 作家名:朝比奈楓