とにかくせつないんです
ああだめだもう帰ろうこんな臭い部屋からは早く出たほうがいい。耽りそうになった思考を振るい落とすようにして頭を振って、俺は逃げ出すようにアパートのドアから飛び出した。鍵は開けっ放しでいいだろう。あいつの家に盗られる物なんてない。あるとしたら、俺が作り置きして冷蔵庫いっぱいに詰め込んだ惣菜くらいだ。
あれが無くなった頃、また来ればいいか。それともあいつが来いというまで、行かないでおこうか。俺はいつもそんなことを考えながら、こいつの家から自宅へ帰る。つまらない。くだらない。馬鹿みたいだと自己嫌悪になりながら、ギシギシ揺れる階段を下りる。
ギシギシ、ギシギシ軋む階段の音を聞きながら、いっそ折れてしまえばいいのにと思った。そうしたら、俺はあいつの部屋に行けなくなるだろうし、今みたいに次のことを考えなくてもよくなる。くだらないことで頭を悩ますこともなくなるだろうし、この可笑しな関係だって無くなるかもしれない。
そこまで考えて、心臓が痛くなった。ここ最近の自分は、考えも感情も行動もなにもかもが裏腹で、そんなみっともなさに自己嫌悪ばかりが募る。ほんとは知ってる答えに気付かないふりもそろそろ出来なくなってきて、だけど受け入れるには俺はまだ臆病すぎた。
本当にどうしようもないなと自嘲しながら、無事に下りることの出来た死にかけ階段を見やる。案外しぶといそいつは、俺が使った余韻をのこして微かに揺れていた。
チャリを全速力で飛ばしながら、俺はさっきまで隣で間抜けに寝ていた男の顔を思い出す。熱い手。切羽詰った声で俺を呼んだくちびる。ギシギシギシギシ。階段の軋む音が、俺の中でまだ響いている。
作品名:とにかくせつないんです 作家名:湖山