世界会議にて
「もう何も心配するな、俺の傍にいろ、ローデリヒ。他の誰が何と言おうと、俺はいつでもお前の味方だ。お前の傍にいて、お前を見ている。お前のことが分かるのは、他の誰でもない俺だけだ。俺がお前を守ってやる」
ローデリヒは何か不思議なものでも見るような目で、呆然としばらくルートの顔を見つめていたが、安心したような笑顔を浮かべた。潤んだ紫色の瞳からはまた涙が流れ落ちる。
その瞬間ルートは、矢も立ても堪らない衝動に駆られて、やや乱暴にローデリヒに口づけた。
――いつも遠慮してばかりで、焦れったいくらいの彼がなぜ?
ローデリヒはほんの一瞬驚いたものの、それならば、とルートの口づけに答えるに決して吝かでなかった。
ごく軽い気持ちであったローデリヒの意に反し、ルートの口づけは、まるで野性の獣のように原初的としか言いようのない情熱に燃えて彼を熱く蕩かした。
――初心な、などと言う言葉は薬にしたくもないくらい、もうはるか昔に忘れた。今更これくらいのキスなんて珍しくもない筈なのに・・・。
テクニックならF**はもちろんだが、けっこう荒っぽいA**にさえ遠く及ばない。それどころかテクニックなどという言葉からは遠くかけ離れた、乱暴とさえ言えるようなものであった。
しかしその口づけを通して、ルートの熱いエネルギーが、ローデリヒの胸の奥の乾いた魂の中にまで注ぎ込まれ、更にそのまま全身を緩やかに満たしていくように感じられた――。
ローデリヒは、久しぶりの甘く暖かなうねりに身を任せていたが、唐突にそれは終わりを告げた。驚いてルートの顔をじっと見つめると、彼は少し笑って、そのまま膝と肩の後ろに腕を回してローデリヒを抱え上げた。
「・・・えっ?ちょっと待ってルート、何をするんですか?」
抗議は一切聞き入れられず、そのままルートの手で隣の仮眠室のベッドまで運ばれてしまった。
少し驚きはしたが、ローデリヒには特に抵抗する理由もないので、じっとなすがままになっていた。やがてベッドの上にそっと降ろされると、ルートは彼のジャケットを優しく脱がせ始めた。それが済むと今度は靴に取り掛かる。ジャケットはハンガーにきちんと掛けられ、靴はベッドの横に揃えて置かれた。
ルートは一体どうするつもりなのだろうと不思議に思いながら、黙って様子を見ていると、
「・・・疲れているんだろう、少しここで休め、ローデリヒ。眠るまで傍にいてやるから。午後の会議にはまだ時間がある。それまでにはちゃんと起こしてやるから心配するな」
「どうして、それを・・・」
「どうして、じゃないだろう?」とルートはため息を吐いて眉間に皺を寄せながら答えた。
「・・・そんなになるまで、がんばるんじゃない」
薄水色の瞳が、ローデリヒの顔を心配そうにじっと見つめた。
ローデリヒはルートの言葉に黙ってうつむくしかなかった。
――この人には心配を掛けたくないのに、どうしてこんなことになるんだろう・・・
また悲しくなって、涙が一粒零れた。
「ああ、もう泣くんじゃない、ローデリヒ。言ったろう、俺がいつも傍にいると」
絞ったタオルを取りに、一旦仮眠室を出ようとしたルートだったが、思い直してローデリヒの脇に腰を下ろし、安心させるように肩に手を置いて話し始めた。
「その様子では、最近よく眠れていないんじゃないのか?体のことだけじゃない。眠れなくなるまで思い詰めないで、いつでも俺のところに来い。俺にできることなら、いつでも何でも相談に乗ってやる。ただ話をするだけでも構わない。とにかくそんなになるまで我慢するんじゃない。お前はもう一人じゃないんだ」
「・・・ひとり・・・じゃない?」
うつむいていたローデリヒは、恐る恐る顔を上げてルートの方を見た。
そこには朴訥で不器用だけれども、生真面目で嘘のない薄水色の瞳が、心底心配そうな光を湛えてこちらを見つめていた。
「ありがとう・・・ございます」
ローデリヒの瞳からは、また涙が零れた。
「・・・だから、もう泣くなといったろう!ちょっと待ってろ、今、絞ったタオルを持って来てやるからな」
「そのままだと目が腫れて午後からの会議に出られなくなるだろう!」
ルートは照れたように言い捨てて、慌てて部屋を出て行った。
――全く、俺が何かしたかと思われるじゃないか・・・とつぶやく声が漏れ聞えて、ローデリヒは思わず苦笑した。
あなたはほんとうに優しい人ですね。
ありがとう、あなたに出会えて本当によかった――
ローデリヒは声には出さず、心の中でそっとそうつぶやいて、ルートに感謝した。
――ここでまた口に出すと、あの人は照れてまた何を始めるか分かりませんからね。
皮肉な笑みを浮かべたローデリヒの顔には、漸くいつもの彼らしい表情が戻ってきていた。