ワゴン空席あり
暗がりの中で光る液晶を眺めると、メールが一件来ていた。
『だいじょうぶっすかー?起きてたらメールくださいっす』
そのメールを読みながら、体調がやや良くなっていることに気づく。
風邪薬の効果か、それとも深い睡眠のおかげか
締め付けるようだった頭痛は、まだ若干痛みはするものの、大分奥まで引っ込んでくれたようだ。
ひどい頭痛に伴った吐き気も大分治まっている。
それでも熱っぽさは抜けておらず、体のだるさは続いていた。
症状を自覚すると同時にひどく空腹になっていることに気づく。
・・・そっか、朝からほとんど食べてないんだった・・・。
冷蔵庫に何かあったかなー・・・。
そんなことをぼんやりと考えながらメールを打つ。
『今ちょうど起きた!幾分か楽になったよーお腹すいたー!』
手短に文章を打ち終えると送信する。
・・・そういえばそろそろイベントの始まる時間だなと狩沢はふと思い出す。
ごめんね、ゆまっち。私の分も楽しんできてねー。
そう心の中で呟くと
ピンポーン
インターホンが鳴った。
・・・ええ、勧誘かな。このタイミングかい。
渋々廊下まで出ると受話器を取る。
「はい」
「狩沢さん!!」
「え!?」
予期していなかった声の相手に思わず声を上げてしまう。
「お見舞いにきたっすよ!」
「・・・ゆまっち!?え?何で?イベントは??」
だがその問いに返答は無い。
一旦寝室まで戻りカーディガンを羽織ると玄関に急ぐ。
玄関先の全身鏡で視界に入った自分の顔にはっとする。
あ、すっぴん・・・
一瞬だけ逡巡するが、そのまま扉を開けた。
そこにはニコニコと微笑む遊馬崎といつものように仏頂面の門田が立っていた。
「大丈夫っすか?狩沢さん、いやちょうど起きててよかったっす!
勢いでここまで来たは良いものの、狩沢さんが寝込んだままだったら
このままUターンコースだったっすよ!」
「悪りぃな、いきなり来ちまって。起きてきていいのか?」
二人の顔を交互に見つめながらやっと一言呟く。
「・・・ゆまっち。イベントは?」
「?何言ってるんすか狩沢さん。狩沢さんが風邪引いてるのに自分ひとりで行ったって
全然楽しくないっすよ。」
不思議そうにこちらを見返す遊馬崎。
「・・・ゆまっちはたまに私の思考の上を行くなぁ・・・。」
くしゃっと笑うと玄関を大きく開いて手招きする。
「ごめん、入って入って。」
リビングに二人を誘いながらもふと疑問を口にする。
「あれ?渡草っちは?ワゴンで来たんでしょ?」
「あぁ、あいつも来たんだけどな。男3人はさすがに押しかけ過ぎだろっつう話でな。」
「どっかで時間潰すって言ってたっす。あ、でもちゃんとお見舞いの品預かってるっすよ!!」
リビングにつくと遊馬崎は両手にぶら下げた袋から次々と見舞いの品を取り出していく。
「はい、まずこれが渡草さんからのお見舞いの品っすよ!!」
「・・・メロンじゃん。」
「どっちかっつうとお歳暮だろって何回も言ったんだけどな。」
「フルーツ食べたかったからすごい嬉しいけど・・・。嬉しいんだけど・・・。」
「どっちかっつーと入院のお見舞いすよって言ったんすけどねー。」
どんとテーブルに乗ったメロンを3人で見つめながら沈黙する。
「あとはっすね、一応市販の風邪薬とマスク、栄養ドリンクと・・・
桃とかみかんとか。りんごもあるっすよ。あとヨーグルトとゼリーっす。」
次々と出されるお見舞いの品であっと言う間にテーブルの上がいっぱいになる。
「・・・こんなにいっぱい?」
「結局色々買っちゃったんすよね。狩沢さんお腹すいてるんすよね?」
「!!うん、ぺこぺこ。」
「OKっす!じゃあ、はい、どれからでもどうぞ!!」
テーブルの上の品物を一望してから、その中の一つをおもむろに取り上げる。
「・・・これ一択で!!!」
「メロンすね!」
「メロンだね。」
「メロンだな。」
3人であっと言う間に切り分けた半分を食べ終えるとまた薬を飲む。
「おいしかったー!」
そのまま倒れこむようにするとテーブルに頬をつける。
それを見届けた門田は安心したように席を立つ。
「・・・じゃ、俺らはもう行くわ、あんま長居してもだからな。」
「え?何で?」
きょとんとする狩沢をまじまじと見つめると咳を一つして答える。
「だってお前、いくら見舞いっつっても男が居るのは落ちつかねえだろ?」
「・・・私別に二人が部屋にいても違和感ないけど。」
「・・・それはお前・・・どうかと思うぞ・・・。」
半ば呆れ気味にそう呟くと、遊馬崎が口を挟む。
「そうっすね、確かに違和感ないっす。」
「遊馬崎。黙ってろ。ややこしくなるから。」
狩沢はテーブルに突っ伏したままこちらを見返す。
小首を傾げたまま門田を挑発するような言葉を投げかける。
「・・・何何、ドタチン。ひょっとして・・・。寝汗でしっとりしてる
病気で弱り気味の私のこと意識しちゃってたりして?
あ、それにほら、私今寝巻きだし!」
にやにやと笑う狩沢を睨み付ける。
「・・・何が弱り気味だ。・・・お前の中身がおっさんなのは俺が一番良く知ってる。」
「あ、ひどい!そりゃそのことは否定しないけどさー、ノッてくれたっていいのに!ドタチンのいけず!!」
頬を膨らませながら抗議する狩沢を門田はいつも通りの冷静な対応でいなしたのだが。
「・・・いや、ちょっと見ててくださいっす狩沢さん。」
「?」
そういって門田を見つめ続ける遊馬崎の言葉にしたがって、無言で門田を眺めてみる。
「・・・・!!!あ、ドタチンの顔が!!」
「そうっす!!まるで門田さんまで風邪を引いたかのように段々と!!」
「うわ、あっと言う間に真っ赤!!」
「時間差で来たんすね!何というシャイボーイっすか!!」
「ドタチンったら照れ屋さん!」
わなわなと震えだした門田だったが
「お前らいい加減にしろ!!・・・っつうか狩沢ァ!!てめえすっかり元気じゃねえか!!!!」
すっかりいつも通りの調子に戻っている狩沢を見ながら捲くし立てる。
「えへー。」
「えへーじゃねえ!」
「いいじゃないすか門田さん。狩沢さんが元気なんすから!」
「・・・ったく、病み上がりですぐにこの調子か・・・。」
ため息をつく門田を狩沢と遊馬崎はにやにやと見つめていたが
狩沢は小さく微笑むと柔らかい口調になった。
「・・・ドタチン、ゆまっち、ありがとね。」
「・・・ここにはいねえけど渡草もな。」
「ありがとうメロンさん。」
「ちょ!狩沢さん!!名前間違ってるっすよ!」
そのまましばらく3人で笑い続けた後、残りの渡草を3人で食べ切るのだった。