ごめん
気付いた時には、辺りはいつもの有様となり果てていた。
標識は引き抜かれ、先がひしゃげている。キャバクラの看板は破壊され、大きく穴が開いてしまい、煌びやかな電灯は消えている。入り口付近の壁は斜めに抉られ、巨大な恐竜にでも引き裂かれた痛ましい姿を晒していた。
いつもと変わらない、ありふれた光景だ。静雄は自己嫌悪に握った拳を震わせた。
借金回収先の男は、目の前で伸びている。
トムは傍でやれやれと、肩を竦めている。
店の女達は、静雄を遠目に、恐怖とも興味ともつかない眼差しを向けている。
そして、輪から少し離れた場所で、呆然とこちらを見つめる門田の姿があった。
「門田……」
破壊衝動の消えた静雄は、門田の名前を呼んだ途端に周りの情報を吸収し始めた。何も聞こえなかったのではなく、静雄自身が遮断していた。悲鳴や怒号が濁流のように、流れ込んでくる。
「おい、静雄。そこらへんにしとけ」
「……すんま、せん」
トムには、面倒ばかり掛けている。
静雄が破壊行動をしてしまう度に、後処理をしてくれるのが、トムだ。恐れられれば恐れられるだけ、仕事がスムーズに行くと言うが、静雄にとって、暴力は嫌悪の対象でしかない。
それを、門田に見られた。
無論、見られるのが初めてという訳ではない。高校生の頃から、幾度と無く不良連中を蹴散らして来たのだ。
しかし、今日の門田は、見る目が違っていた。
なぜだ、と頭を回転させるが、わからない。門田は、自分を見ていないと、静雄はようやく気付いた。
「おい、かど……」
「相変わらずだな、お前は」
ようやく言葉が通じたが、門田はやはり、静雄を見ない。苦笑を漏らし、静雄の横を通り過ぎてしまう。
どこを見ているのだと、静雄は錆びたように鈍い首を回した。
門田は無言で、今しがた破壊されたばかりのキャバクラの看板が並んだ外壁の前に立っている。
「壊れる時は、あっという間に壊れるものだよなあ」
綺麗にタイルが張られていた壁は、今は無残な姿だ。
大事そうにひび割れ、粉砕された外壁を撫でる門田の横顔を見て、静雄もようやく、理由に気付いた。
「おい、静雄、戻るぞ。話は後だ」
「トムさん、でも」
「いいから」
これ以上この場に居座っても、騒ぎが大きくなり、警察も動きかねない。
早く去ることが優先すべきことだと頭ではわかっているが、静雄は門田に何かが言いたかった。弁解して、済むことではない。謝ってどうにかなることではないとわかっているからこそ、余計に静雄は苛立った。
「くそっ」
苛立ちは、自分に向かっていた。
トムに急げと促され、静雄は奥歯を食い縛りながら、破壊した建物からではなく、門田から無理矢理視線を背け、逃げるように歩き出した。
標識は引き抜かれ、先がひしゃげている。キャバクラの看板は破壊され、大きく穴が開いてしまい、煌びやかな電灯は消えている。入り口付近の壁は斜めに抉られ、巨大な恐竜にでも引き裂かれた痛ましい姿を晒していた。
いつもと変わらない、ありふれた光景だ。静雄は自己嫌悪に握った拳を震わせた。
借金回収先の男は、目の前で伸びている。
トムは傍でやれやれと、肩を竦めている。
店の女達は、静雄を遠目に、恐怖とも興味ともつかない眼差しを向けている。
そして、輪から少し離れた場所で、呆然とこちらを見つめる門田の姿があった。
「門田……」
破壊衝動の消えた静雄は、門田の名前を呼んだ途端に周りの情報を吸収し始めた。何も聞こえなかったのではなく、静雄自身が遮断していた。悲鳴や怒号が濁流のように、流れ込んでくる。
「おい、静雄。そこらへんにしとけ」
「……すんま、せん」
トムには、面倒ばかり掛けている。
静雄が破壊行動をしてしまう度に、後処理をしてくれるのが、トムだ。恐れられれば恐れられるだけ、仕事がスムーズに行くと言うが、静雄にとって、暴力は嫌悪の対象でしかない。
それを、門田に見られた。
無論、見られるのが初めてという訳ではない。高校生の頃から、幾度と無く不良連中を蹴散らして来たのだ。
しかし、今日の門田は、見る目が違っていた。
なぜだ、と頭を回転させるが、わからない。門田は、自分を見ていないと、静雄はようやく気付いた。
「おい、かど……」
「相変わらずだな、お前は」
ようやく言葉が通じたが、門田はやはり、静雄を見ない。苦笑を漏らし、静雄の横を通り過ぎてしまう。
どこを見ているのだと、静雄は錆びたように鈍い首を回した。
門田は無言で、今しがた破壊されたばかりのキャバクラの看板が並んだ外壁の前に立っている。
「壊れる時は、あっという間に壊れるものだよなあ」
綺麗にタイルが張られていた壁は、今は無残な姿だ。
大事そうにひび割れ、粉砕された外壁を撫でる門田の横顔を見て、静雄もようやく、理由に気付いた。
「おい、静雄、戻るぞ。話は後だ」
「トムさん、でも」
「いいから」
これ以上この場に居座っても、騒ぎが大きくなり、警察も動きかねない。
早く去ることが優先すべきことだと頭ではわかっているが、静雄は門田に何かが言いたかった。弁解して、済むことではない。謝ってどうにかなることではないとわかっているからこそ、余計に静雄は苛立った。
「くそっ」
苛立ちは、自分に向かっていた。
トムに急げと促され、静雄は奥歯を食い縛りながら、破壊した建物からではなく、門田から無理矢理視線を背け、逃げるように歩き出した。