ごめん
池袋の街で、門田を見掛けた。
派手な通行人の中、埋もれてしまいそうな地味な色合いの服装をしているのだが、門田は静雄の視線を、不思議と引き付ける。
いつもつるんでいるワゴンの連中は傍に居ない。
気付いた時には、駆け出していた。
人の間を抜け、こちらに気付く気配の無い門田の手首を、静雄は乱暴に掴んだ。
「な……っ」
驚きの表情と共に門田が振り返る。
「静雄?」
なんだ、驚かせるな、と門田は強張った肩の力を抜いたが、静雄は手首を掴んだまま、動けず、何を言うべきかもわからず、押し黙った。
「おい、静雄?」
目立つ静雄への周囲の視線に、門田は居心地悪そうに、視線を彷徨わせた。いつ喧嘩が始まるのかと、自然と通行人達は巻き込まれては堪らないと、二人を遠巻きにし始める。
「なあ、どうした」
「…………」
静雄は、黙ったまま、手に力を篭めた。
「お、い、っ、静雄」
「てめぇが、俺を見ねえから」
静雄は歯切れ悪く、ようやく言葉を発することが出来た。
「はあ?」
「見ろ。っつってんだよ!」
「何を言ってるのかわからねえんだが。腕、いてえって」
「お……おう」
無意識に力が入っており、静雄は慌てて手を離した。
「で。俺に何か用か? 静雄」
見上げてくる門田に、静雄は動揺した。数日前の出来事が、心に重く圧し掛かる。言いたいことは、あったはずなのだ。
静雄はぐしゃぐしゃと、髪を掻き混ぜ、唸った。
「こないだ、よ……」
「こないだ?」
「その……、悪かった、な」
言えた! と静雄は心の中でガッツポーズを作った。
だが、言われた側の門田は、何のことかわからないと、首を傾げる。
「お前に謝られるようなこと、あったか?」
「っ、忘れたのかよッ」
謝った所で、壊れたものは元に戻らない。それでも、静雄は門田の横顔が忘れられなかった。
壊したのは自分だというのに、こちらを見ようともしない門田に、苛立ちを覚えた。
「静雄?」
「……あれ、お前の仕事だったんだろう? 壊しちまって、……わる、……かったな」
「ああ」
ようやく思い出した、という顔で、門田は低く笑った。
「なんだよ」
「いや。悪い。おかしくてよ」
「てめ、っ。笑うんじゃねえよ」
「お前が謝るってえのが、珍しくてな」
門田はまだ笑っている。
静雄は居場所を無くしたように、嫌な気分になった。
「とにかく、謝ったからな」
「謝るだけで済むと思っているのか?」
用は済んだ、と背を向けた静雄を、門田の声が呼び止める。
「ああ?」
「……飯くらい奢れよ。静雄」
静雄は短く思案し、去ろうとしていた方向を戻し、門田と並んで松屋の黄色い看板へと連れ立って歩き出した。