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黄金の王(きんのおう)

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「───ん……」
ぴく、と瞼が震え、金色の瞳がうっすら開かれる。
「起きたの、兄さん?」
「ん…誰か、いたのか…」
「ああ、うん。さっきウィンリィが、アップルパイ届けてくれたから」
「ウィンリィ?…って、ああそうか…」
ころりと寝返りを打ち、エドワードは小さく伸びをする。
「オレ、どんくらい寝てた?」
「どのくらいだろ…2、30分ってとこかな」
「あれ、そんだけしか寝てねぇのか」
怠げに上半身を起こしたエドワードの髪を簡単に梳いて、アルフォンスは解いたままだったそれを飾り紐で緩く結って束ねてやる。
「なんかすっげぇ、よく寝た気がすんだけど」
「うん、ぐっすり眠ってたよ」
お疲れさまだもんねぇ、とささやいて、まだ少し眠たげなエドワードの目尻に、小さな音を立ててキスを落とす。
「目は覚めた?」
「おう、一応な。つか腹減ったし」
「じゃあ、ティータイムの仕切り直しといこっか。ボク、お茶淹れなおしてくるね」
「おー」
先程までエドワードの枕になっていた膝を軽くたたいて立ち上がり、アルフォンスがポットを載せた盆を手にして部屋の奥へ消えていく。
気晴らしを兼ねて時々料理を作ることがある彼のために、この部屋には簡易キッチンが設けられているのだ。







アルフォンスの膝を借りるときに脱いだままだった靴を履き、エドワードはもう一度ぐうっと伸びをして、ソファの背もたれに深く身を預けた。
目を閉じていると、すぐに意識はとろりと蕩けていきそうで。
ここ最近は執務に費やして、疎かにしていた分の睡眠欲が、今になって一気に押し寄せてきているのだろう。
いかんいかんと思いながら目を開け、ふと思い立って膝の上に落ちたアルフォンスの上着を拾って肩に掛けてみる。
自分よりも頭一つ分くらい背の高い弟は、その分手足も長いので、エドワードが腕を通すと袖が余ってしまう。
改めて体格差を自覚させられるのも少々癪だったので、結局袖は通さず。
代わりに襟元に顔を寄せると、嗅ぎ慣れた弟の匂いが掠めて。
とくり、と鼓動が跳ねた。
「───あー、やべ…」
思わず苦笑が漏れる。
小腹が空いたのも事実だし、眠いのも確かなのだが、実はそれ以上に体が切実に求めるものがある。
(でも、すげぇいい匂い)
鼻先をそこに埋めて深く息を吸い込むと、自然と表情が柔らかくなる。
アルフォンスの匂いと熱を憶えこんだエドワードの肌は、残り香だけで容易に火を灯してしまう。
ほぼ二週間ぶりに繋げた体は、執務室での一度きりの解放では収まってくれないようだ。
若い体はいろいろ無理が利いて便利だが、こういう部分では少々厄介だ。
「…兄さん、なに可愛いことしてるのさ」
「うわっ!」
無意識にその襟元に頬をすり寄せていると、キッチンから戻ってきたアルフォンスに苦笑された。
エドワードはびく、と目に見えて大きく肩を震わせる。
「お、驚かすな!」
「驚いたのはボクの方だよ。なんたってそんな可愛いこと」
「な、兄ちゃんに向かって可愛いとか言うな!」
「えー、だって本当に可愛かったんだもん」
かたんとテーブルに盆を置いてエドワードの隣に腰を下ろし、アルフォンスは兄の頬にかかる髪を指で軽く払う。
「…あ、あんま連発すんな……」
「…ボクは事実を述べただけだよ?」
そのまま指を下に滑らせ軽く顎を持ち上げると、掠めるように唇を重ねる。
「ねえ兄さん、お腹空いてるのに悪いんだけど…もう一回しない?」
掠め取った唇を親指の腹で撫でながら尋ねると、エドワードの頬がふわりと朱に染まる。
「え、あ…っ」
「さっきの兄さん、すっごく可愛くて。そしたらまた欲しくなっちゃった」
「…い、今からか?」
「うん。…でも、さっきので体が辛かったらいいんだ。いま無理して、明日の政務に支障が出たら大変だし」
「あ、あれくらい何ともねぇ!」
小首を傾げて言った弟に、あわててエドワードは首を横に振った。
「むしろ足りねぇくらいで…」
「ああ、それでさっき、あんな可愛いことしてたんだ」
「だーっ!いー加減可愛い言うな!」
殴るぞ!と思わず拳を振り上げれば、アルフォンスは肩を震わせながら避ける素振りを見せる。
いかに王族といえど、こういうところは世間一般の兄弟達となんら変わりはない。
ただ違うのは、二人が互いに恋をしている、ということだけ。





「───兄さん」
笑いを納めたアルフォンスが、そうっと呼んで手をさしのべる。
エドワードは仕方ないな、とでも言いたげな表情でその手に自分の手を重ねると、アルフォンスは重ねられた兄の手の甲に小さな音を立てて口づけた。
「大好きだよ」
「…おう」
「あなたへの忠誠は、生まれたときから不変のものだけど。この気持ちはずっと変わり続けてる」
兄の手の甲から目線を上げると、アルフォンスは綺麗に微笑んだ。
「───どこまでも、底が見えないほど深く。ボクはあなたが、こんなにも好きだ」
「アルフォンス……」
かすかに眉を顰めて、エドワードが呼ぶ。
「それを忘れないでいてくれれば、嬉しいな」
「アル、」
ぶつかるように体を預け、エドワードはアルフォンスの肩口に額を押し当てた。
彼はアルフォンスのように、自分の奥深い場所にある感情を巧く言葉に表せない。
けれどその分、声音や表情にそれがにじみ出てくる。





一度だけきつく抱きしめて、アルフォンスはエドワードの体をそうっとソファに横たえる。
「───オレは…忘れたことなんか、ない」
見上げてきた黄金色の瞳は、わずかに潤んでいるようにも見えた。
「オマエがくれる、気持ちを。疑ったことも、ない」
「…ありがとう、兄さん」


アルフォンスはもう一度微笑んで、兄の衣服に手をかけた。