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黄金の王(きんのおう)

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<3>









「───アルー?遅くなってごめんね」
「しーっ」
扉を開けた途端部屋の主に注意されて、ウィンリィは蒼色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。




その手に蓋つきの丸皿を持ったウィンリィは、足音を忍ばせながら部屋に入ってくる。
この城お抱えの医師である彼女はエドワードと同い年で、同時に兄弟の幼なじみでもある。
「ウィンリィ様特製アップルパイ、持ってきたわよ」
「ありがとう。そのテーブルに置いてもらえるかな?」
「ええ。───エド、眠っちゃったの?」
布張りのオフホワイトのソファに転がって、エドワードは寝息を立てていた。
弟の膝を枕に借り、ついでに上着を掛けてもらって眠る、その寝顔はひどくあどけない。
二人とも彼女が今朝会ったときとは違う、少しラフな服に着替えていた。
小声で問うてきたウィンリィに、アルフォンスも頷いて小声で返す。
「うん。さっきラッセルにもらったハーブティ、飲んだから」
「ラッセルに?珍しい、じゃああいつ、ローズヒップは調合しなかったの?」
「正解。今回はカモミールとオレンジピールだけだったよ」
エドワードのローズヒップ嫌いは、王宮の中でも結構有名な話だ。
そしてラッセルが、効果の高いそのハーブを他とブレンドし、何とか飲ませようとしていることも。
最近はこれでも、単品でなければ飲めるようになってきたのだ。
「でも、一杯飲んだだけなんだよね。薬じゃないのに、そんなにすぐ効くものかな?」
「よっぽど疲れてたんでしょ。今回の視察、割と強行軍だったってヒューズさん言ってたし」
ソファの前のテーブルに皿を置き、ウィンリィは二人の傍にしゃがみ込む。
近づいたことで解る、二人がまとった微かな水の気配。
「…体が温まって気がゆるむと、人って案外眠りやすいのよ」
そう言うと、くす、と小さく笑みをこぼす。
「気分が落ち着くハーブティ飲んで、こいつが一番気を許してるあんたがいれば。眠くなったっておかしくないわよ」
「───そうだね」
アルフォンスも小さく笑って、エドワードの髪を指でそうっと梳く。




「じゃあこれ、置いとくわね。エドが起きたら、一緒に食べなさいよ」
「ありがとう、そうするよ」
よっ、と小さなかけ声と共にウィンリィが立ち上がる。
エドワードに膝を貸している所為でソファから立ち上がることのできないアルフォンスは、頷いて少しすまなそうに笑った。






「───そうそう、アル」
くるんと扉の方を向いたウィンリィが。
「なに?」
「あんまりエドに無茶しないのよ?あんたより、エドの方が体に負担かかるんだから」
「…うん」
やっぱり気づいてたか、とアルフォンスは苦笑する。
この兄弟の仲の良さは、国内はおろか遙か国境を越えた隣国にも知れ渡っているが。
彼らの、”兄弟”を越えた関係を知っているのは、幼なじみを除けばごく僅かな人間のみだ。
「エドの耳の後ろ、跡つけたでしょ。見えたわよ」
「わ、ばれた?」
「ばれた、じゃないわよ。…これで暫くのあいだ、ポニーテールとか三つ編みはできないわね」
「うん、実はそれもちょっと狙ってた」
「だと思った。まあ程々にしなさいよね。こいつ確か、ばさばさ広がる髪型って嫌がるでしょ」
「そうかな?上の方だけ掬って、結ってあげた事が何回かあったけど、そんなにイヤそうじゃなかったよ?顔にかかって、邪魔になったりしなきゃいいのかな」
「…それ多分、結ったのがあんただから嫌がらなかっただけなんじゃないの?」
振り返って腕組みし、仕方ないわねと言わんばかりの表情で苦笑する。
「───でも、これくらいしないとエドは仕事忘れて眠ってられないかもね。頭良いのに、妙なとこ頑固なんだから」
「…確かにね」
「おまけにここしばらくは、山津波のことでみんなしてあちこち駆けずり回って、神経すり減らしてたじゃない?あたしもラッセルも心配してたのよ。フレッチャーなんて、あたしと顔合わせる度に”王様大丈夫かな、倒れたりしないかな”って言ってたもの」
「それ、さっきラッセルに茶葉頼みに行ったとき、ボクも言われた」
ラッセルの弟のフレッチャーは、ウィンリィやエドワードとは二つ違いで、幼なじみ達の中では一番年下になる。
アルフォンスはラッセルと同い年なので、彼とは一つ違いになるのだが、同じ弟として何か通じるものがあるのかずいぶんと仲が良い。
賢くも素直で優しい彼は、エドワード達はもちろん王宮の人間からも弟や息子のようにかわいがられている。
「今回の”命令”は、それを見かねてあんたが桜の宰相に頼んだんでしょ。せめて半日だけでも、って」
「ウィンリィ……」
「あたし達にだってそのくらい解るわよ。あんたから、王に進言するわけにはいかないものね」
アルフォンスの現在の肩書きは”橘の宰相”だが、それ以前に彼はこの国の”王弟”なのだ。
その彼が面と向かって王に休めと言えば、どれだけエドワードの体調が思わしくなくても身内びいきに取られてしまう可能性が高い。
そうすれば、年若い王を快く思わない一部の老閣僚に足下を掬う材料を与えることにもなりかねないし、なによりエドワード自身がそれを許さない。
だから形式だけでも別の人間から出せれば、アルフォンスの行動が単純な身内びいきで終わることも、エドワードに突っぱねられる可能性も低くなる。
あの”命令書”は、そういった経緯を踏まえた上で出されたのだ。
「エドの体のフォローは、あたしやラッセル達でもできるかもしれない。でも、精神面のフォローはあんたにしかできないわ、アル」
小さな頃、それこそ歯も生え揃わない頃から兄弟を見ているウィンリィは、この二人の絆の強さと深さを良く知っている。
幼くして母を亡くし、執務に忙しい父王の背を見て育った兄弟は、すべての感情を幼なじみと、そして二人とで分かち合ってきた。
だから他の誰よりも互いを理解し、誰より互いを想っている。
「だから、あんたがエドを助けるの。今まで以上に、これからも」
「───うん」
まあ言われなくても解ってるでしょうけどね、と笑って、彼女は部屋をあとにした。