As you wish / ACT7
多分ずっと、問われることを覚悟していた質問だ。何度か答えを用意して、迷っては捨てて、それでもやっぱり考えて、何度か同じ答えを抱いて。
「帝人は、」
正臣は小さく囁いた。咽が乾いているせいか、かすれた声になった。
「臨也さんから、すべて聞いたのか?」
「ほとんどは」
知られたくないと思っていたこと。知られたなら拒絶されるかもしれないと恐怖におびえていたこと。なんて滑稽なひとり芝居だっただろう。けれどもなぜ知らないふりをしていたのかと責めることなど、正臣にはできない。
「でも、自分で調べたのもある」
「・・・それは、」
「気になったから。あの人は池袋を浄化すると言った。それは穏やかな響きじゃなかったから、どんな無茶をするのかと思うと怖かった。それで、かなりこまめに情報を収集していたんだ。・・・紀田君のことは、そのネット上の網目にすぐにひっかかった」
目立っていたから、それはある程度覚悟していたはずだった。
・・・したはずの覚悟は、それだけじゃなかったはずなのだけれども。結局、自分は子供だったのだろう、何もかもを得たつもりでいた。何一つ得てはいなかったのに。
その結果が、これだ。
「・・・あきれたか?」
「紀田君が馬鹿だってことくらい、知ってる」
「帝人」
「同じくらい、優しいことも知ってるんだよ、紀田君」
帝人はそれを疑ったことはない。いつだって、正臣は帝人の太陽だった。そんな強い輝きをもつ親友が、簡単に変わってしまうはずがない。
「・・・迷っていたことは確かなんだ」
しっかりした帝人の言葉に、正臣は正直に答えることにした。いざ言葉にしてみれば、何を迷っていたのかとばかばかしくさえ思えてくる。心のどこかで、帝人は決して正臣を裏切らないと分かっていたのに。
自分が、決して帝人を裏切らないのと同じように。
「黄巾賊に愛着がないって言ったらウソになる。でも、やっぱり、今の俺には・・・必要ないんだと、思う」
「そっか」
それ以上の言葉を、必要だとは思わない。
帝人は頷いた。そして、パソコンを閉じる。ならば今臨也が行おうとしていることを、止める理由はないと判断した。
後は、任せよう。そしてすべてが終わったら。たくさんほめてやろう。猫のように目を細めて、穏やかに笑う臨也の顔が、帝人は結構気に入っている。
走る、走る、闇夜を抜けて。
情報戦なら得意ではあるが、2日と言ってしまったからにはそれより早く決着をつけたいのが男心だ。臨也は高揚感でスキップさえしたい気分で暗闇を行く。
指示を出した通りの動きを見せるネット上の情報に安堵するわけにはいかない。最終的には臨也自身の行動が鍵を握るのだから、気合いを入れていかねばならない。こまめに送っておいた報告メールについて、帝人から返信はないので、このまま進めろと言うことだろう。
信頼されている、のだと思う。
帝人自身がそれを公言したことはないが、つながっている心に伝わる感情は決して冷たくない。それどころか時々思いがけずに優しいので、臨也は柄にもなくどきめいたりしてしまうのだ。それだから困る。帝人とならばどこまでも落ちていけそうで、さすがの臨也でも戸惑ってしまう。まどろみの様なその水底に、落ちて落ちて、どこまでも沈んで行ったって、それでも帝人と一緒ならば幸せな気がして。
それは、怖い。
怖くて、けれども惹かれる。
「世界で立った二人だけで、生きていけたらいいのにね」
つぶやいて手のひらを見つめる。そこに確かに脈打つ血液に、血管に、確かにあの子の血が溶けてまじりあって臨也の体の隅々まで侵していく。もうすでに、彼と会う前の自分と今の自分は別物なのだろう。けれどもその変化を、嘆きはしない。いや、もろ手を挙げて歓迎しよう。人間は一分一秒ごとに生まれ変わっていくのだ!
路地裏で少し足を止め、いくつかの掲示板に情報を刻む。巧みにハンドルネームを使い分け、捨てアドを使って情報をばらまく。些細な噂に脚色を施し、色鮮やかに飾り立て、誰もが反応せずにはいられないようにしてやる。
さあ、膨らめ虚言どもよ。
あの暖かい手のひらに触れるためなら、何を犠牲にしたって心は痛まないのさ。
作品名:As you wish / ACT7 作家名:夏野