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無題if 赤と青 Rot und blau -罪と罰-

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罪と罰1








 ケーニヒスベルクが陥落したとの知らせをドイツが受けたのは、4月半ばのことであった。

「兄さんは、…プロイセンは無事なのか?」

伝令兵はそれに無言で首を振った。ドイツは「そうか」と呟くように言い、部屋を出て行くように促した。




 1943年7月 イタリアが連合軍に降伏。ドイツに宣戦布告。

「…ごめんね。俺はお前を裏切る。…許してなんて言わないよ。ドイツ、オレももうお前が壊れていくのを見たくないんだ。だから、オレはお前を止めるために銃を向けるよ。……早く、目をさまして!」


イタリアは泣きながら、俺に銃を向けてきた。


 1944年12月 枢軸側だったハンガリーが宣戦を布告。

「…どうして、こうなっなっちゃんだろうね。…ドイツ、プロイセンはあなたにどうして欲しかったのか、考えてみて?」
 


ハンガリーは悲しげにそう言って微笑み、踵を返した。





 その後も、裏切りが続く。
 どうして?…上手くいっていた。
 なのにどうして、壊れいく?






「…私は最期まで戦います。一度始めたことです。終わるときは…そうですね、私と言う「国」が終わるときだと思っています。…師匠は私に「適当なところで、手を引け。同盟に殉じる必要はない。引き際を間違えるな」と仰いましたが、私はもう引けないところまで来てしまいました。不肖の弟子がお世話になりましたとよろしくお伝えください。…ドイツさん、御武運をお祈りしています」






 そう言って、未だに戦い続ける国は、日本と俺だけだった。
 
 その日本も、米軍の攻撃に押され、壊滅的ダメージを受けていた。

 泣けばいいのか、笑えばいいのか解らない。皆が俺を裏切っていく。そして、孤立していく。

 ベルリンは度重なる空襲でぼろぼろだ。兵士の大半を最早、失った。…俺はどうすればいい?どうすれば、いんだろう?…兄さん、兄さん、どうして、あなたはここにいない?…俺を助けてくれ!



『この戦争は負ける。そのとき、お前は自分の犯した罪の重さを知ることになるだろう。その罪の代償にお前は大事な大切なものを失うことになる。泣いても叫んでもそれは決して戻ってはこない。…盲信を信じる愚か者に神は決して祝福を与えはしない。お前は嘆きの淵に立ち続け、贖えない罪を悔い、悲しみ続けることになるだろう』



…兄さん、あなたの言った通りになったしまった。




1945年2月 ドレスデン空襲
1945年3月 連合軍(西部戦線)、ライン川を渡河
1945年4月16日 ソ連軍、オーデル川を渡河 ベルリン攻撃を開始
1945年4月24日 ソ連軍、ベルリンを包囲
1945年4月25日 連合軍(西部戦線)、トルガウでソ連軍と合流
1945年4月28日 ムッソリーニ、パルチザンに銃殺される

1945年4月30日 アドルフ・ヒトラー総統、ベルリンで自殺




 俺は贖うことすら難しい過ちを犯してしまった。




長い悪夢から目が覚めたときには、もう何もかもが遅かった。



あなたが俺にくれた「国民」を殺してしまった。
あなたが俺に捧げた「領土」を荒廃させた。
あなたが上手くやっていけと言った「隣人」を傷つけた。



1945年4月 ソ連軍、ウィーンを占領 チェコスロバキア、臨時政府樹立 連合軍(西部戦線)、エルベ川到達
1945年5月2日 イタリアのドイツ軍降伏
1945年5月7日 ドイツ、カール・デーニッツ総統 ランスの連合軍司令部で無条件降伏



 身体がどこもかしこも痛い。痛くて、立っていられない。暗くて寒い。冷たくて、痛い…兄さん、痛い…いたいよ…おれをたすけて…。



 一際鋭い痛みが胸を穿つ。感じたことのない痛みにドイツは崩れ、床に伏した。心臓が軋み悲鳴を上げる。身体を丸めたドイツは歪む視界を眇める。視界いっぱいに赤が広がっていく。
(…にいさんの、いろだ…にいさん、そこにいたのか…)



「…ねぇ、痛い?」



頭上から降ってきた場違いに明るい声に、ドイツの意識はそこで途切れた。









 ああ、ここもやはり瓦礫になっちまったか。

 プロイセンは軍用トラックからの幌を捲り、ベルリンの市街を見回す。街路は機甲操車のキャタピラに踏みにじられ、石畳の美しかった街路は見る影も無い。空襲の名残と市街戦の機関銃の弾跡が生々しく痛々しい。それに心臓が軋む。プロイセンは胸を押さえる。それを傍らに従う青年が気遣う。
「大丈夫だ」
心配そうな顔をする青年にそう言い、プロイセンは視線を伏せた。

 連合国が宿舎にしている建物にカールスホルストの工兵学校の前で、松葉杖を付いたプロイセンは青年の手を借りトラックを下りる。

「…行ってくる。お前はここで待ってろ」
「解りました」

青年を待たせ、プロイセンは宿舎へと入る。

 人々の顔は一様に暗い。そして、この地を占領した連合国軍の中で陽気なのは、ロシアとアメリカのみだろう。フランスもイギリスも酷く疲れた顔をしていた。

「生きてたのか、プロイセン」

会議室のドアを開いたプロイセンに満身創痍のフランスが顔を上げる。同じように消毒液臭いイギリスが太い眉を寄せた。
「…死ににいったんだが、生き残った」
「ハッ、悪運の強い奴だ。…この落とし前、お前はどう着ける気だ?」
毒づく様に顔を上げたイギリスの顔色は悪い。どこの国もこの戦火で傷を負った。プロイセンは目を閉じた。
「…死ねと言われれば死ぬつもりだ。ドイツを俺は止められなかった」
「ああ、死んでもらう。お前の残した軍国主義がすべての元凶だ。お前さえいなければ、ドイツもトチ狂ったりしなかっただろうさ!」
八つ当たりのようにイギリスは怒鳴り、口を噤む。プロイセンの軍国主義は既に滅びていた。それを誰もが知っていた。だが、プロイセンは何も言わずにそれに頷いた。
「…ああ、そうだな。その通りだ」
「…プロイセン、お前の所為じゃないだろう。否定しろよ。この戦争はお前の戦争じゃなかった。ドイツの戦争だっただろ?」
フランスが言う。それにプロイセンは赤を細めた。
「…普仏戦争の際、オットーがお前に遺恨を残さぬように進言したが、俺はそれを蹴った。…それを後悔している。…それがなければ、前の大戦でお前はそのときの遺恨を晴らそうとはしなかっただろう。ドイツも多額の賠償に苦しみ、自棄になることもなかった…。だから、俺が悪いんだよ」
昔のことを悔いたってどうにもならないけどな。…プロイセンは息を吐く。
「…ハッ、だから俺はあのとき程々しておけと言っただろうが、このクソ髭が。ドイツがああなったのにはお前にも責任があるぞ。あんな途方も無い賠償吹っかけやがって。大目に見ていれば、こんな戦争にはならなかった」
「ああ、そうだよ!でも、俺は譲れなかった。仕方がないだろ。俺だって辛かった。国民も苦しんだ。出来れば穏便に済ませたかったさ。…でも、前の戦争のことがあった。世論は厳しい賠償を望んでいた」
フランスは声を荒げそう返し溜息を吐き、イギリスは口端を歪ませた。
「…目先の利益に目を眩ませるからだ。…その結果がこれだ」