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心は風にのせて

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第一章:再会②




「もう少し付き合わないか?」

新城は歩き出そうとする楓の腕をつかんだ。

「構わんが、もう色街くらいしか開いていないぞ」

あれだけ飲んだにも関わらず、彼女の顔色は全く変わっていない。

「さすがに今日はそういう気分ではない」
「では、家に来ないか?」
「こんな時間だ。家の人に迷惑がかかるだろう」

はっきり断りこそしないが、 何かと理由をつけてくる楓に新城の心はざわりと音
を立てた。
落ち窪んだ目で見つめる。彼女は少し考えるような仕草をしている。
空気が重くなってきた。
また今度にしよう。と新城が言うより先に、直衛。と彼女の口が動いた。

「私の家に来るか?」
「……酔っているのか」

新城は呆れた声を出した。
楓の住む西州は名の通り、皇国の西側。
皇都から交通機関を用いて丸一日以上はかかる。

「そっちではない」

楓は即答した。

「では、都内の上屋敷か?」
「そこは義兄上がいる」
「下屋敷か」
「今の時期では空き家同然だ」
「ならば、何処だ?」
「皇都だよ」

どうも話が見えない。
説明してくれ。と新城は少し苛立った口調で問うた。
すると目の前の黒い瞳がわずかに揺れた。

「だから私、仁科の屋敷だ」

楓は言った。

「これでも将家の係累だからな。それくらいの物は持っている」

鷹揚な口調とは裏腹に、彼女の表情は何とも言えないものに変わっていた。






仁科楓は西州公、西原家の養女である。
彼女の姉は錦太夫と呼ばれた色街きっての人気遊女で、西原公信英の愛妾だっ
た。
だった。と言うからには過去の話で、彼女は流行病にかかり、若くして世を去っ
た。
錦太夫に多分の愛情を抱いていた信英は悲しみに打ちひしがれた後、その面影を
妹の楓に求めたのであろう。
彼女を西原家に迎え入れた。数えで七つの時だった。

信英は楓を寵愛した。
ただ、姉とはその形が百八十度違った。
西原家に来たその日、その一目で、楓に何らかの才を感じ取った信英は、将来彼
女に軍服を着せると決め、養女の手続きを取った。
楓は信英の期待通りに成長していった。
しかし、その成長と比例するように、正妻と一部の西原家家臣の心境を激しくし
ていった。
女軍人云々の世間体は勿論のことだが、元々何の血の繋がりもない衆民、よりに
よって、苦界に身を置いていた捨て子同然の者が将家の正式な相続権を得ている
ことの方が、彼らにとって不快極りない。
特に正妻との関係は最悪で、ここ数年に到っては、会話すら交わすことがなく
なっていた。



「単なる別邸というわけではなさそうだな」

新城は察したように問うた。

「近いうちに近衛禁示隊に転属になる」
「近衛禁示だと?」
「家臣らの強い勧めもあってな」

楓は微笑をもらした。

「禁示に所属してこそ、真の騎兵ということらしい」

近衛禁示隊はその実力はさておき、将家出身者のみで構成された騎兵の選良部隊
である。
しかし、将家の直系が自州鎮台から離れる例は他に見ない。養女とは言え、楓は
紛れもなく西原家の人間なのだ。
僕と似たような立場というわけか。と新城思った。
否、隠居の身である信英の勢力低下、家臣らの増長という状況を考慮するなら
ば、自分より過酷であるといってよいかもしれない。
現在西原家の実質的な当主となっている義兄信置にいたっても、関係こそ決して
悪くはないが、彼は自分の立場をまずくしてまで血の繋がりのない妹を庇ってや
るほど情のある人物ではない。
そもそも楓のアスローン諸王国留学は、西原家家臣の抵抗により将家に身を置く
者としては例外的な遅さで昇進道を歩んでいる彼女の為に信英が作為したもので
あったが(軍の規則では「駐在武官を経た者は昇進を定める」となっている)こ
れが思わぬ結果をもたらしてしまった。楓の留学中に変わりの人員をあてがった
上、帰国後はなんやかんやの理由をつけて空きがないと言い張った。
西原家における楓の居場所は徐々に奪われていっている。

「つまり、西原家は君に対して随分熱心でいてくれるということか」

新城は感情の全くない声で言った。

「少なくとも大殿様はな。でなければ僻地で米の勘定といった所だった。禁示隊
は上の上なのだよ」

自分に言い聞かせるかのような口調の楓。
夜空にはこの時期にしては美しすぎる光帯がかかっていた。


作品名:心は風にのせて 作家名:屋島未来