たまごとボール
この際どうして山本が、とは誰も思わなかった。小鳥の気持ちなど理解できない人間達は、そこに愛情が存在しているとは思わなかったのだ。
せいぜい山本の尻ポケットから落ちたボールを産んだのだと勘違いした程度にしか考えてなかった。
まさか、小鳥が山本を雌だと思いこみ、番いになりたいと思っているとは誰も思いもしなかった。
「俺のタマゴか……、まっ、大事なもんだけどな」
掌のボールと小鳥を見つめながら山本は一人呟く。
「大事なモンを投げんなよ、野球馬鹿」
「でも、投げるモンだぜ」
なんでも絡めば良いってモンでもないけどな、と沢田は思うが今更この二人に、いや獄寺一人に口を挟むのもどうかと思うので聞き流していた。ただ、問題はそこではないと思うのだが、誰もそこは口に出す気はないようだ。
「それで、あんな悲鳴を上げたのかぁ、この子」
「なんか、悪いことしちまったな」
小鳥の謎の行動はよく分かったが、なにか酷いことをしてしまった気もする。どうして良いか分からず、そして意気消沈している親友を見かねて沢田は家庭教師に助けを求めた。
「なにか誤解を解く方法ないのかな、リボーン」
孵るはずのないタマゴを抱く姿は可哀想だ。そして、山本は決して大事なタマゴを手荒く扱った訳ではない。
「小僧、頼む」
リボーンも山本の頼みには弱いのか、レオンに何かを話している。どうやら、動いてくれそうだ。
「仕方ねーな、レオン」
にょろろと小さなカメレオンが小鳥に向かって歩いていく。
「でも、タマゴとか凄いのなこいつ……」
「なにがだよ」
突然、顔を赤らめながら山本が語り始めた。赤面する必要がよく分からないが、真っ赤に染まっている。恥ずかしがっているようだ。獄寺は相変わらず突っかかっている。
「だって、タマゴってさ、子供作るってことだろ? すんげー大人じゃね」
そう言って顔を赤らめる山本を、ああん、と眉間に皺を寄せて獄寺は厳しい顔をしている。その間に挟まれた沢田は、山本が言いたい意図が分かったのか釣られて顔を赤らめている。
「なんか、小鳥に負けてるよね、俺たち……」
小鳥だ小鳥だと思っていた黄色い丸い生き物は、自分達よりももっと大人だったのだ。いかに自分の子孫を残すかを考えているのだ。それが本能なのだと言えばそうだが、それを人間に置き換えればなかなか生々しいことが想像できる。
その生々しいところをうっかり山本は想像してしまったのだろう。そして、気付いてしまった沢田もやはり想像してしまった。獄寺一人だけが首を傾げている。彼が察しが悪いわけではなく、そう言う意味で大人だからだろう。
「お前達は、お子様だな」
外見だけなら一番お子様であるはずのリボーンがそう彼等を怒鳴っていた。
再び近付いてきた緑のカメレオンが小鳥にこう告げました。
「それはタマゴではありませんよ」
続けて彼は言いました。
「それは彼等には玩具のようなものです」
玩具、というモノの意味がよく小鳥には分かりませんでしたが、狩りの仕方を教わる前に、少し弱った獲物を母鳥から与えられたことを思い出しました。これはタマゴを温める訓練のようなものなのでしょう。ならば、色々と合点がいきます。余りにもこの雌は道理と摂理を知らないのです。
「それに、この子達はまだ子供です。タマゴはまだまだ先の話です」
そうも爬虫類は続けました。これには小鳥もびっくりです。こんなに大きいのですから、もう立派な成鳥だと思っていましたが、まだ雌達は雛なのだそうです。
それならば分かります。まだ、その体勢ではない雛にとっては、よく分からないのも当然です。そして、この飛べないモノ達は雛の段階からタマゴの扱いを学ぶというのも小鳥には意外な出来事でした。
でも雌達を見ると分かる気もします。器用で、大きいモノ達ですが、小鳥のような羽毛は持っていません。早くから温める技術が必要なのでしょう。
納得した小鳥は雛のために、タマゴの抱き方を教えることにしました。鳥類たちの本能でもあるそれは、教えなくとも出来ることなのですが、どうも雛たちのそれは心ともないと小鳥は思いました。種族が違うせいかもしれませんが、どうにも安心出来ないのです。
それに黒鶏冠の雌と将来的に番いになりたい小鳥には、雛のうちに教え込んでいくことも良いと思いました。
それにしても、雌達が大きな個体だということが一番の原因ですが、まさか自分が雛に恋をしているとは思いませんでした。
小鳥は大きく羽を偽タマゴの上で広げました。小さな胸を張り、こちらを見なさいと雛に伝えます。
「おっ、なんだ、なんだ」
なにか、雛が囀っていますが、小鳥には彼女達の囀りがよく分かりません。しかし、鳴き真似は得意ですので、真似て囀れば特に黒羽の友人は喜んでくれます。コミュニケーションを取ることは可能なのです。
小鳥は雛に見ていろと鳴くと、偽タマゴの上に半身を落としました。こう温めるんだよ。そう見せつけるように、何度も、何度も…………
「ん?、こいつ温め方教えてくれてんのかな?」
「ちょっと、山本…………」
雛たちが何かを話しています。
「こうか?」
雛が羽毛のない羽でタマゴを包み込みます。まだまだ温めるには弱い感じです。小鳥は羽ばたくと、雌の肩に止まりました。一声鳴きました。雛は両手で優しく偽タマゴを包み込みました。中々良い温め方です。小鳥の指導がよかったのでしょう、これは喜ばしいことです。
「ごめんな、さっきは……。ちゃんとお前のタマゴなら大事にしてやるからな」
何を言ってるのかわかりませんが、優しい囀りなのは分かります。タマゴを包む両羽にふわりと小鳥は飛び降りると、器用な羽が優しく小鳥を撫でてくれます。この暖かさで偽タマゴも温められているのでしょう。そう思うと、なにか小鳥は寂しくなりました。
この雛が成鳥してタマゴを産むようになったら、こうして小鳥には構ってはくれなくなるでしょう。
自分とこの優れた雌との子を成したい気持ちもありますが、もう暫くこうしていたい気持ちも沸き上がってきます。この雛が大人になるまでどれだけの時間が掛かるかはわかりませんが、こうして見守っていくのも良いでしょう。それはとても楽しいと小鳥は思いました。
そして、いつか小鳥はこの雌と番いになり、子供を作ろうと誓いました。
「こいつ可愛いなぁ、タマゴの抱き方教えてくれたぜ」
「頭のデキが同じだと思われてるんだろう」
獄寺はこんな時まで山本に絡んでいる。沢田はそんな二人を変わらないなぁと眺めていた。それにしても、笑いながら山本が小鳥と戯れている姿は心和むモノのはずなのに、どうにも背筋に嫌な汗を感じるのは何故なのだろうか……
この小鳥をこのまま野放しにしてもいいのだろうかと、よからぬモノを沢田の超直感が捕らえていた。
【終】
2009/11/01発行 無料配布・改稿
※鳥は雄の方が派手なモノが多いので、ヒバードはスカート(尾羽)を履いている女子を雄。地味なズボンを履いてるの男を雌だと思っています。
雲雀の学ランは派手に見えるので雄だと思ってます。